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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    生きるとは?

    DSC02675 ブログ用 文字入り

    彫刻を30数年作って来て色々と思う所はあるのだが、最終的に行きつくところは 『 なぜ彫刻を作っているのであろう 』 ではなく 『 人は何故生きているのだろう 』 という事であった。


    正直、60年近く生きていると優等生っぽい答え、もしくは哲学的なそれらしい答えをそれらしく語る事は出来る。

    しかし実際本当にはまったく分かっていないのだ。

    高校の時、バイク事故で亡くなった友達、大学の時、病気で亡くなった友達、天寿を全うして亡くなった祖父と祖母、孫を見ることなく事故で亡くなった母、自ら命を絶った友人、生まれる前に亡くなった姉、屈強な身体を持っていたが最後は老衰で亡くなった父、・・・それぞれ目的も価値観も違うし生きた年数も違う。

    世の中に大きな影響を与えた人もいれば、小さな社会の中だけで過ごした人もいる。

    そして一瞬だけ輝いた人も一生輝き続けた人もやがて忘れ去られて行くのだ。

    その人の放ったあのうなされるような熱量はどこに消えてしまったのであろうか?

    確かにその実感はあったはずなのだが、亡くなった後・・・というかまだ存命中であっても忘れ去られて行ったりするのである。

    さて本当に人はなぜ生きるのであろうか?

    私は若い頃、彫刻の道を究めて行く先に何か答えを発見出来ると思っていた。

    しかし、やればやるほど極めれば極めるほど求める答えから遠のいている・・・というか、遠のいているのか近づいているのかさえ分からないのだ。

    こんな事を書いていると、それこそもっともらしい答えやアドバイスをして来ようとする人もいるであろう・・・・がしかし、最初にも書いた通り、60年近く生きているとそのもっともらしい答えやアドバイスも私にとっては既知のものなのだ。(ちなみにこの事で誰かと議論を交わすつもりは一切ない。その人がそう思うならばその人にとってのみそうなのであろうとしか思えないので。)


    さて、うだうだと書いて来たが、答えの出ないものに対してあーだこーだ言っていても仕方がないので、とりあえず58歳の今現在の私が唯一考え出来る事だけ書いておこう。

    それは・・・「悔いなきよう全力で生ききる。」

    ありきたり過ぎてがっかりかもしれないが、極めてシンプルで単純な事しか今の私には思いつかないのだ。
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    1. 2023/12/08(金) 08:48:31|
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