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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    「 嘉納治五郎像 」制作にあたっての所感。

    ブログ用画像①「 嘉納治五郎像 」  松田光司 作 <2019年5月建立> ブロンズ像 h173×60×60㎝

    2018年早春、この制作依頼を受けた時、嘉納治五郎氏に対する印象は「柔道の父」というものだけであった。


    しかし、この像の制作に入った事によりその考えは一変する・・・・嘉納治五郎氏は間違いなく偉大な研究者、教育者であったのだ。

    その側面がなければ当時すたれつつあった柔術を体系化し取りまとめ、「柔道」というものを完成させる事など到底不可能であったのだ。

    またとても興味深い事に10代の頃は極めて勝気で無鉄砲な雰囲気であったのが、柔術を始めた頃からそれが全く消えさっているという事実があるのだ。

    実際、嘉納治五郎氏は柔術を始めた事によってそれまで短気な性格だったのが、穏やかで我慢強い性格になったと言われているのである。

    正直、彫刻家の目から見ても同じ人物なのかと思うほどの変わりようなのだ。

    つまり嘉納治五郎氏は柔術の道に入った直後から格闘家である前にすでに研究者であり教育者であったという事。

    そして必然のごとく嘉納治五郎氏は柔道というものを通し、数々の学校教育に携わって行く事になるのである。

    柔道を通しての教育が人間完成への道でもあったのは言うまでもなく、嘉納治五郎氏自身、「精力善用」「自他共栄」という理念を見事に体現してみせた人生であったのだ。
    (「精力善用」とは、心身の持つすべての力を最大限に生かして、社会のために善い方向に用いることです。
    また、「自他共栄」とは、相手に対し敬い、感謝することで、信頼し合い、助け合う心を育み、自分だけでなく他人と共に栄えある世の中にしようとすることです。・・・ホームメイト柔道チャンネルホームページより抜粋)

    今回のこの52歳時の像、嘉納治五郎氏の表情から読み取れるのは柔道家として生きた誇りというだけではなく、教育者・研究者として生涯研鑽し続けたという自信と誇りなのである。

    52歳の嘉納治五郎氏・・・何とも言えない悟りを得たような威厳ある表情にはこれらすべてが凝縮されているのであろう。


    ・・・などと思いを巡らせつつ、私は嘉納治五郎像の制作にあたったのである。
                                   2018年11月15日  彫刻家 松田光司

    ブログ用画像②

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    1. 2019/12/12(木) 15:42:07|
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