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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    「見る側の事を一切考えず制作」って?

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    9年ほど前に開催した個展の時、それを見に来た美術館学芸員のTさんから
    「松田君は見る側の事を考えた作品を作らないの?」と質問された。(→2010年11月22日ブログ参照)



    そしてその9年後に開催した個展では大学教授のSさんにすごくそっくりな質問だが、まったく真逆の質問をされたのである。

    「松田君は見る側の事を一切考えず作品を作ろうとは思わないの?」・・・と。

    全く面白い話ではないか。二人のそれぞれの立場・状況を知っているだけに正直笑ってしまう。

    9年経って真逆の質問をされたという事実はちょっと考えると、私の作風がガラリと変わってしまった?・・・と思ってしまいそうだが、実はまったくそうではないのだ。

    つまりその意味するところは、面白い事に私の作品を見る側の二人がそれぞれ自分の極めて主観的な思い込みのもと、見たいように見ているというだけの事なのである。(まあこの二人に限らず誰でもそうなのだが・・・笑)

    簡単に言うと学芸員のTさんからは、松田の作品は美術の潮流を全く無視し、自分勝手に好き放題自分の作りたいように作っている・・・と見えた訳である。

    かたや教授のSさんからは、松田の作品は美術の潮流を意識し、人からどう見られるかという事を意識して作品を作っている・・・と見えた訳である。


    ・・・さて、この両極端の2つの見方に対して私がどう思っているのかと言えば・・・


    『他人がどう思おうがそんなのは心の底から本当にどうでもいいのだ。

    100人いたら100通りの見方・感じ方があるのは当然の事。

    その人がそう思うならそれはその人にとってのみそうなのであろう。


    どちらの見方が正解という事はなく、それは私の内側に眠る莫大な制作衝動・制作欲求からしたら本当に些細な事・・・したがって彼ら二人の言う事が私の制作の中心に位置する事など全くないのだ。

    イソップ寓話の‘ロバを売りに行く親子’でもあるまいし、ちょっと何か言われるたびに自分の信念、方針を変えることなど私にとって有り得ない事なのである。

    鑑賞者側は見たいように見ているだけなのだから、作り手側としても作りたいように作る・・・ただそれだけの事。』

    ・・・・・これ以上でもこれ以下でもないのだ。
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    1. 2019/07/11(木) 11:56:56|
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