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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    チェリスト、山本裕康君。

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    アトリエで演奏するチェリストの山本裕康
    先日、高校の時の同級生、チェリストの山本裕康君が初めて私のアトリエに足を運んでくれた。


    普通科しかないような県立高校で、普通でない道を選んだのは私くらいかと思っていた20代の頃、風のうわさでもう一人変わった道に進んだ男がいるらしい ・・・・と聞いた事があった。


    それがチェリストの山本君だったのである。


    高校当時、私はバスケット部、山本君はテニス部・・・その存在は知っていたのだが、話した事は一度もなかった。
    当然、チェロの事など知る訳もない。

    お互い完璧な体育会系男子だった訳である。

    しかも高校の芸術系の授業の選択肢は書道と音楽しかないにも関わらず、山本君が選んだのは書道(笑)。
    ちなみに私も選んだのは書道であったが・・・笑。


    そして今回、山本君と色々と話す内に、ちょっと驚くような事実が判明したのである。

    テニス部だったという認識しかなかった山本君はなんと中学校の時はバスケット部だったというのだ。
    しかもお互い記憶を辿ると一回だけ試合をした事があると分かったのだ。

    その試合中、山本君は手を骨折してしまったようで、それで覚えていたらしい。
    (ちなみに骨折をさせたのが私ではなくてちょっと安堵。笑)

    まあそんな訳で14歳の頃、バスケットの試合で戦った二人はそれぞれ独自の道を歩み、一人はチェリストに、一人は彫刻家になったのである。

    高校を出た後、接点は全くないままであったのだが、チェリストの山本君という存在を知ってからはやはり妙に親近感が湧いたものである。
    ・・・・同じ高校の普通科を出た変わり者同士という事で。笑

    また、ネット上で知る山本君の活躍は励みにもなり良い刺激ともなった訳である。


    そしてお互い50を超えた今、彫刻レリーフのモデルをお願いし、山本君にアトリエに来てもらった訳なのである。

    14歳の時と違って戦う訳でもなく、また高校生の時のように同じ場にいながらすれ違う訳でもなく・・・今回はお互い信念を持って自分のやって来た道が奇跡的に重なるという体験をさせてもらった訳である。

    そう、ある意味30数年ぶりに真正面から向き合ったという事なのだ。


    そしてこのアトリエでの山本君の演奏は静かにゆっくりと物凄いエネルギーと迫力を持って心の奥底まで響いて来るものであった。

    アトリエの空気が一変するというのは多分こういう事をいうのであろう。

    とても贅沢な時間を味わいつつ、これはこの演奏に負けないようなレリーフにしなければとあらためて思うのであった。


    山本君、忙しい中、本当にありがとうございました!
    レリーフの完成、楽しみにお待ち下さいね!!

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    1. 2017/02/12(日) 10:10:26|
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