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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    「 10年モデル 」、制作5日目。

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    今中隆介氏のアトリエにて、5日目制作風景

    また少しだけ間をあけての5日目の制作・・・今日は粘土状態での制作最終日である。
    次の制作は石膏取り作業を終えて、石膏像にしたのち6日目の制作を迎える事になるのだ。

    (前回までの様子はこちら→1日目2日目3日目4日目


    制作5日目(2016年11月13日)
    まだまだ始めたばかりのような感覚でいたが、いつの間にか制作5日目。
    粘土状態での完成を迎える日である。

    今中の頭像に限らず、塑像を行うにあたって1つの作品の中で毎回3回の完成を見る事が出来ると私は思っている。

    ・まずは粘土での完成。
    ・そして石膏での完成。
    ・最後にブロンズでの完成。

    粘土の完成状態は実に生々しい・・・まるで生きているような感じ。
    粘土に含まれる水分がそのように感じさせるのだと思う。

    石膏の完成状態はただただ美しい・・・光と影、陰影の世界。
    しかし正直石膏は素材としての存在感が弱く、あくまでの形の仮置き状態といった感じ。

    ブロンズはやはりブロンズ・・・とにかく主張が強く存在感も半端ではない。
    粘土、石膏の時には感じる事のなかったパワーがあふれているように感じる。

    この三つの重要な完成状態の内の一つが今日の粘土での完成なのである。


    ちょっと前置きが長くなったが、やはり今日も今中が来る前から一人での制作。

    「粘土の完成状態は生々しくまるで生きているような感じ」と書いたが、実はかなり早い段階でそのように見えるようになるのだ。

    今回の事で言えば、初日の制作の段階でそういった雰囲気は出てきている。

    私は霊能者でもないので何かオーラが見えるという事もないのだが、制作途中で明らかに粘土の周りの空気(雰囲気)が変わる瞬間があるのだ。

    単なる粘土の塊から命を宿した何か静かなる生命体へ・・・と言ったところか。

    なので今中がいない状態の一人での制作と言いつつ、私はそのある意味生命体となった粘土と対話をしながら制作を進めて行く訳である。

    その時の私は何かを考えているようで考えていない・・・『この部分を削るのが当然だから削る、そしてこの部分は付け足すのが当然だから付け足す、この部分は保留にしておく事が当然だから保留にしておく』・・・と言ったことの繰り返し。

    それは多分、自分が迷っている事すらそれが当然の事だからそうしている・・・と言った感じであろうか。


    5回に渡って当たり前すぎる事を当たり前にこなした結果、今日ようやく粘土状態での完成を迎える事が出来た訳である。

    今、私の目の前にいる今中の顔かたち、内面から出てくる形・・・それらを解釈して形に表したのは私自身・・・つまりこの像は今中の肖像であるとともに私自身の内なる肖像でもあるのだ。

    さて、次回はこの粘土の像を石膏像へ変換。

    ラスト6日目の制作は石膏を付けたり削ったりしながらの仕上げ制作。

    今中、ラストの制作もよろしくお願いしますね!
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    1. 2016/11/27(日) 13:05:02|
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