彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    アートという名の元にひとくくりにされてしまう事。

    松田光司彫刻展より(ギャラリー渓’16)松田光司彫刻展会場より ( ギャラリー渓 2016.2.8~13 )

    「アートとは?」というような話はさんざん聞いてきているし、また自分自身もこのブログでいろいろ語ってきた。



    しかし、ここで根本的に思う事なのだが、アートを「アート」という名の元、ひとくくりにしてしまう事そのものに無理があるように思うのだ。

    20数年間この世界に身を置いてきているのだが、実際「アートとは?」という題材で色々な人が語るその内容すべてに共感出来るなぁと思った事は一度もないのだ。

    当然自分が語る内容も数多くある考え方の一つに過ぎないと思っているし、自分が最も正しいとも思わない。

    しかしだからといって、他の作り手の考えや評論家の意見に迎合しようとも思わないし、また完全否定しようとも思わない。

    とはいえ、周りを見渡せば「あんなのはアートじゃない。」とか「アートって○○なものじゃなきゃダメだと思うんですよね。」(思うといいつつ決めつけていたりする)とか。

    とにかく気になるのが星の数ほど多くある考えのうちの一つに過ぎないはずなのに、それぞれ勝手に語る事がまるでアートを代表する言葉であるかのように世に出回ってしまう事。

    実際これはアートの中でも目立つ人の言葉の方が出回りやすいのだが、断じてアーチストの総意などではない。

    このブログで何度このフレーズを使った事か分からないが、まさに「100人いれば100通り」なのである。

    たまたま今の世の中のこの日本という場所でアートという名の元、様々な作家が活動している訳だが、実際、作家が何人か集まった時『同業者である』と言い切れる(思われる)作家は何人いるのであろうかと思ってしまうのだ。

    アートの中の○○のジャンルの人・・・というよりは他業種の方ですか?・・・と言ってしまいたい場合のなんと多いことであろうか。

    まあそんな訳でそれぞれが勝手に語る「アートとはかくあるべし。」とか「アーチストとしてこうあらなければならない。」とか「作品とはこうであるべきなのだ。」といった類の事は違和感を覚える事の方が圧倒的に多いし、議論がかみ合わないのは当然の事なのであろう。
    (・・・という意見もそんな事はないという作家もいるだろうし。笑)
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    1. 2016/02/25(木) 00:38:32|
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