彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    不安だからやっている??

    志(部分)1990年 松田光司作「 志 」(部分) h70㎝  松田光司 作 <大学院の時に制作>

    いつ頃の事だったか忘れたが何年か前、ある目上の方から言われた言葉。
    「松田君も学生の頃、そんだけ一生懸命彫刻に打ち込んでいたというのも、やっぱりどこか不安があったからなんだろうね。」



    この言葉を聞いた時、一瞬違和感を覚えたものの、ついうっかり何も考えず 「そうですねぇ、それもあったかもしれませんね。」 と答えてしまった。

    この時はこの事についてさほど突っ込んだ話をする事もなくこれだけの会話で終わったのだが、・・・やはり何か残る違和感。

    しかしあまりに短い会話であったため、この事は過去の事として記憶の奥底すっかり忘れ去ってしまっていたのである。

    ところが最近また別なとある人(Fさん)と話す中、突然この時の会話を思い出したのだ。
    しかもあの時残った違和感も見事に解消するというオマケ付きで・・・。


    Fさん:「塑像もそうでしょうが、木彫の世界っていうのもこれまた大変なんですよね。」
    私:「まあそうでしょうね。」
    Fさん:「昔の○○っていう木彫家なんて、四六時中ノミを離さずずっと何かを彫っていたって言いますからねぇ。」
    私:「ああそうなんですか。」
    Fさん:「彫っていないとよっぽど不安だったんだと思いますよ。」
    私:「はぁ、不安?・・・いや、そうでしょうか。僕はそうは思いませんよ。」
    Fさん:「え、どういう事でしょうか?」
    私:「作り手の僕から言わせると、○○さんは彫っているのが楽しくてしょうがなかったんじゃないですか。『不安だから彫る』では続かないと思いますよ。少なくとも僕は『不安だから作る』という事は一切した事がないので・・・。」


    それこそ何も考えずに出てきたこの会話のやり取り。
    ここにあの時の違和感に対する答えが入っていたのだ。

    そう、私は学生の頃、決して不安でしょうがなくて彫刻に打ち込んでいた訳ではないのだ。

    あの頃から今に至るまでずっと「彫刻が制作出来る!」という強い魂の喜び、そして強い感謝の思いの中、夢中で彫刻を制作し続けてきたのである。

    そうなのだ、きっとこの思いは延々と変わらないのだと思う。

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    1. 2015/12/10(木) 12:18:22|
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