彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    具象彫刻家 松田光司の活動概要

    第12回シエール個展風景⑤「夜会舞踏―幕間Ⅰ」 高さ28.5㎝ 2014年 松田光司作

    自分自身の略歴はこのブログでもアップしてあるのだが、意外と分かりづらかったりする。
    そこで「具象彫刻家 松田光司の活動概要」というものを文章でまとめてみた。
    大本の文章は過去にプレゼン用に画商さんと考えたものだが、そこに現在の状況も加えてみた。
    何だか気恥かしい感じもするが、とりあえず事実のみを記載した結果が下記の通りである。

    具象彫刻家 松田光司の活動概要

    1965年 愛知県春日井市に生まれる。

    幼少の頃より絵を描いたり物を作ったりする事に特別に興味を示す。
    その後普通科の高校に進学するも、やはり美術の世界に傾倒し美大進学を志す事となる。

    1985年、一浪して東京藝術大学美術学部彫刻科に入学する。
    在学中より注目を集め、その後彫刻科を首席で卒業、大学院の時には新制作展初出品初入選初受賞という快挙も成し遂げる。

    1991年大学院修了とともに彫刻家としての活動を本格的に始める。

    その活動は幅広く、人物彫刻しか制作してこなかったにもかかわらず、初の依頼仕事として高野山真言宗最福寺関東別院 江の島大師の不動三尊像(総丈5m60cm)を制作。 
    このご本尊制作依頼は26歳という若さでの異例の大抜擢であった。
    またこの同じ26歳時に制作したトルソ作品「統治する者」は後の1995年、秋田県立近代美術館に収蔵されている。

    すでに公募展に関わる事を一切やめていた1993年、ギャラリーシエール(宇都宮)で初個展を企画展として開催。
    これを皮切りに渋谷東急本店、日本橋三越本店、学士会館、日本橋高島屋、シティバンクギャラリー、ギャラリー渓などすべて企画展として40回以上個展を開催

    また、2002年野球殿堂博物館より「野球殿堂入り表彰者レリーフ」の4代目制作者として指名を受け、これ以降毎年レリーフを制作、その数は現在50枚以上にのぼる。
    1959年より始まった殿堂入りレリーフだが、36歳での任命は60~70歳代で任命を受けた過去の制作者と比べても最年少。

    その後も「日本野球発祥の地モニュメント(学士会館)」、「秩父宮妃勢津子殿下レリーフ(御薬園)」、「箱根駅伝90回記念モニュメント・絆(読売新聞東京本社)」、「飛翔―育みと創造(朝日信用金庫本部ビル)」など数多くのパブリックモニュメントを制作。(全国40か所以上)

    それ以外の活動として、美術系の大学や専門学校に非常勤講師として関わる経歴などもあり、また現在はNPO法人日仏子供ヴィジョン理事日本芸術メダル協会理事なども務めている。
    他にも大学や美術館、小中学校や公共団体でのワークショップも多数開催し、講演会もこなす。

    最近は新聞やテレビへの露出も増え、具象彫刻家としてますます活動の幅を広げている。

    スポンサーサイト
    1. 2015/02/21(土) 20:57:53|
    2. 具象彫刻家 松田光司の活動概要
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:1
    <<朝日信用金庫本部ビルに3メートルのレリーフ設置。 | ホーム | 個展会期中のとある質問。>>

    コメント

    承認待ちコメント

    このコメントは管理者の承認待ちです
    1. 2015/02/27(金) 19:36:23 |
    2. |
    3. #
    4. [ 編集 ]

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/702-4fcfb303
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)