彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    芸大寮の閉寮。

    室内の花 撮影 松田光司

    東京芸大の石神井寮がこの2014年3月で閉寮したそうである。
    とりあえず名残惜しいなぁという気持ちはある ・・・が、それ以上でもそれ以下でもない。


    確かにそこで過ごした4年間、寮ならではの様々な出会いがあり多くの友達も出来た。
    当然、当時の寮に関わって下さった職員の方々に対する深い感謝の思いもある。

    が、しかし・・・
    だいたいからして私にとってあの場所の印象とはただ単に寝るためだけに帰る場所・・・といったものだったのだ。


    その寮における基本的な生活パターンとは、・・・

    朝は4時半前に起床、5分で支度をすませ、すぐに自転車で芸大へと向かう。

    夜は寮に7時過ぎに帰るとすぐ寮食を食べ、風呂に入り、9時前後には就寝。

    休みの日曜日は1週間の疲れを取るため朝はまったく一度も起きる事なく、そのまま夕方になるまで寝続ける。
    つまり日曜日は夕食一食のみですませる事が普通。そして風呂に入り、やはり9時ごろ就寝。

    ここにバイトが入るなど例外的なパターンの日もあったが、基本的にこんな生活を寮にいる間の4年間、延々と続けていたのである。


    さてこんな書き方をしてしまうとよほど厳しい規則だらけの寮のように思えてしまうが、まったくそんな事はなかったのだ。
    というかむしろ規則がなさ過ぎて怖いくらいの寮で、「女子寮に男子は入っていけない」という規則があった以外の規則は何も思い浮かばない。(ちなみに女子は男子寮に入ってもOKであった。笑)


    私の場合、彫刻制作を中心に据え、学生生活の全てを彫刻制作に捧げていたため、誰に強制された訳でもなくこんな生活を送っていたのである。
    まあよくこんな中で友達も出来たものだと思ってしまうが・・・。笑

    しかし考えてみれば、元々私は人から干渉されるのも嫌いだし、また組織や集団に属する事も好きではない。
    そんな私がよくこの場所に4年間もいたなぁという思いも少なからずあったりする訳である。

    寮が自由であったからこそ私のような生活をしていても大丈夫だったと言えなくもないが、・・・まあ寮の雰囲気や規則に関係なくあの頃の私はどんな障害があろうがああいった生活をしたのだろうと思われる。笑


    さてそんな寮も閉寮してしまった訳だが、
    とりあえずあの場所に寮はなくなっても、心の中にはこうして記憶がしっかりと刻まれた状態で常に存在しているのだ。
    名残惜しくはあるが、・・・それでよしとしよう。
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    1. 2014/03/31(月) 15:53:55|
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