彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    10年。

    10年経った日本野球発祥の地モニュメント 松田光司作「日本野球発祥の地モニュメント」 松田光司 作   建立10周年記念の月餅も販売され、またモニュメント脇には英訳の碑文プレートも設置。

    10年という時が経った。
    ・・・日本野球発祥の地モニュメントを制作、そして設置してから。


    この間、実に様々な出来事があり、それは到底書ききれるものではないがとにかく色々な事があった。

    自分では全くまだまだであると思い続け、夢中で走り続けた10年間。

    社会的に見ればそれなりの実績を残しているように見えなくもないのだが、私からすればつくり続けた作品一点一点のみが唯一私の確かな足跡となって残っていってくれただけなのである。

    傍から見るほど決して順風満帆でもないし、決して余裕を持って彫刻家として活動してきた訳でもない。

    「普通に生活出来る」という事が我が家では普通の事ではなく、また常に「制作出来るための環境つくり」という課題と向き合い続けなければならなかった10年間であったのだ。
    (・・・というか実際、彫刻家として20年以上そんな生活が続いている。)


    10年前、この「日本野球発祥の地モニュメント」を制作し終えた時、もしかしたらこれで彫刻の仕事も増えて彫刻家らしい生活が出来るかも・・・などと思ったものだが、そんなあまいものではなかったのだ。

    もう駄目かもと思った時に入った小さな小さな仕事一つ一つにどれだけ助けられた事か。

    そんな中でもありがたかった事は、こんな綱渡りのような状況が延々と続いているにもかかわらず、つくりたい作品のインスピレーションが私の中にものすごい勢いで次から次へと降りて来てくれた事。

    この事にはものすごく感謝しつつも、実際の活動としては、・・・

    一つ作品が売れる度、そして一つ作品の依頼が来る度、
    『ああ、自分はまだ彫刻家として生きて行っても大丈夫なんだ!』

    ・・・と思わされる事の繰り返しであったのだ。

    しかし困った事に私はこの繰り返しから逃れようとは思っていない。

    少なくとも生きているし、彫刻の制作も出来ている。

    人生の目的が金儲けだったり、ステータスを得る事だけだったりしたならば、とても今現在の私のような生活は我慢出来ないものであろう。

    だが私にとって、「今、自分がつくりたい作品を今自分の全エネルギーを注ぎ込んでこの世に出す。」
    ・・・これ以上の魂の奥底からの喜びを感じられるものは存在しないのだ。

    そんなシンプルな事が出来る事にありがたみを感じつつ、またそんな作品に対しても共感して下さる多くの方々がいて下さる事に感謝しつつ、日々の創作活動をおこなっているのだ。



    日本野球発祥の地モニュメント」制作から10年、今回たまたまこの10年というタイミングで「箱根駅伝90回記念モニュメント」を制作させて頂いた。

    今回のモニュメント設置後の10年、当然前回の10年とは違ったものになるのであろうが、正直どんなものになっていくのか全く想像もつかない。

    しかし、今の私は相も変わらず、根拠のない自信と希望だけは満ちあふれているのだ。

    多分一点一点の作品の軌跡がそう思わせてくれているのであろう・・・。


    そして「創造出来る事の喜びと感謝の思い」・・・生きている限りこの思いだけは永遠に持ち続けて行くのであろうと想像される。
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    1. 2013/12/04(水) 12:42:38|
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