FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    一人?共同?

    4月のイチョウ 撮影 松田光司

    大学を出る時、アトリエ探しに苦労したという話は以前にも書いたのだが・・・。
    ’11.12.28参照)


    では、安くて広い場所を借りるために、何人かで集まっての「共同アトリエ」という選択肢はなかったのか?

    という声も聞こえてきそうだが、・・・実はまったくそれは考えなかったのだ。

    というか、積極的な意志を持って考えなかったと言った方が良いであろう。


    前にも少し書いた事だが、当時の私は制作時における一人だけの時間と空間というものに飢えていたのである。(’11.8.18参照)

    大学を出さえすれば、せっかく一人になれるはずなのに、何故わざわざまた誰かと一緒にやらなければいけないのか全く意味が分からなかったのだ。


    でも、重たいものの移動など、制作する上において何人かいた方が便利な事もあるのでは?
    ・・・という視点もあったりするが、常時、人の手が必要な状態などないのだ。

    一人ならば一人なりのやり方、方法論を生み出していくものであって、『これ、一人でどうやったの?』というような事もいつの間にか出来るようになるのだ。


    また、別な観点から言うと、アトリエに何人かいた方が、お互い刺激になっていいのでは?
    ・・・という意見もあるのだが、大学を出る間際の私にとって、他の人からの刺激などもうとっくにどうでもよかったのである。

    当たり前の話として、作品制作というのは、誰かから刺激を受けなければ出来ないというようなものではないのだ。

    人が何をつくろうと何を考えようと、そんな事は今現在自分が心の底から出したいと思っている造形とは全く無関係なのである。

    かといって、当時の私は、周りにゴチャゴチャと人がいる中、また、何だかんだと話しかけられたりする中、自分の世界に完全に没頭できるほどのタフさもまだ無いような若造だったのだ。


    ・・・という訳で、どんなに狭くとも、どんなにやりづらくとも、私にとって「一人のアトリエ」という選択肢以外は有り得なかったという事なのだ。

    当然、今は人がいようがいまいが関係なく制作出来るようなタフさも身に着いたのだが、・・・しかし「共同アトリエ」という選択肢だけは・・・未だに私の中に存在するものではない。
    スポンサーサイト



    1. 2012/04/22(日) 21:48:48|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<制作中に考えている事は? | ホーム | 対になる作品。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/648-9fc29e03
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)