FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    一浪した時の感覚。

    冬の日 撮影 松田光司

    さて、世間では受験シーズンもいよいよ終盤へ。

    このタイミングで、一浪した時の事を書くのも、・・・と思いつつ、とりあえず書きたくなったので書いておこうと思う。


    今の現状はよく知らないが、我々の時代は浪人生という存在も結構多かったように思う。

    特に、東京芸大などは浪人生(多浪生)の宝庫で、現役生として入学する方が珍しいくらいであったのだ。

    私が入った彫刻科の同学年の事で言えば、19名中、現役生はたった3名。

    私のように一浪でも若い部類に入ったものである。


    ・・・とはいえ、東京芸大に入れたからこそ、一浪してもどうって事もないように思えるのだが、実際に浪人が決定してしまった時には、やはりショックだった訳である。

    以前から書いている通り、大学に入る前の私というのは、、結構どこにでもいる普通の高校生で、決して物事をポジティブに考えられるような少年ではなかったのだ。


    受験した大学すべて落ち、一浪が決定した時、まず何を思ったのか?


    まあ、これも極めて普通で、誰でも思う感覚であると思うのだが、
    『げっ、来年どこか受かったとしても、一学年下の後輩と同級生になるんだ、冗談じゃないな!』
    ・・・といったもの。

    当然、この時は具体的な後輩達の顔を思い浮かべているので余計に嫌だった訳である。

    ・・・しかし、ありがたい事に私の受ける大学は美術系、・・・親しくしていた高校の後輩も中学の時の後輩も、そちらに進むような人はいなかったのである。

    ちょっとホッとしつつも、それでもやはり気分は真っ暗。

    ・・・で、この感覚がずっと続くのかと思っていたのだが、・・・実はその心境もほんの1~2週間程度。

    これが長いのか短いのかは分からないが、意外とあっさりとしたもので、美術系予備校が始まってしまえば、自分が浪人生である事さえもすっかり忘れてしまうくらいであったのだ。



    さてでは、浪人生になった私に対する周りの反応で、特に印象に残っているものを二つほどあげておきたい。

    一つ目は、親しくしている近所のおばさんと道端で会った時の事。
    浪人する事を報告すると、・・・大爆笑されてしまったのだ。
    何だかよく分からないが、つぼにはまってしまったらしく、
    「あぁっはっはっは!・・・まあ人生長いからはっはっは、・・・落ち込まないで、あっはっは・・・。」
    みたいな感じ。
    ・・・まあ、これには流石に私も一緒になって笑ってしまったが。

    二つ目は、浪人して4カ月ほど経った夏の事。
    お盆で祖父の家に親せきが集まったのだが、そこで一人の叔父が私に会うなり暗い面持ちで、・・・
    「まあ、光司君な、人生色々あるし、そんなに落ち込まないで元気出して、いい事もあるから、・・・どーたら、こーたら・・・。」と話しが始まってしまったのだ。
    ・・・その気持ちはとても嬉しかったのだが、・・・とりあえず、その時はもう全く落ち込んでいないし、やる気満々だし、元気すぎるくらい元気だし、・・・。


    たまたま好対照な反応を二つ紹介したが、要するに浪人してもそれをあたたかく見守ってくれる大人達が私の周りにはいっぱいいたという事。

    こんな人たちがいてくれたからこそ、浪人時代も乗り切る事が出来たのだ、・・・あらためて感謝!
    スポンサーサイト



    1. 2012/02/18(土) 22:34:52|
    2. 芸術
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<多分、400点以上の作品。 | ホーム | つくり手の存在意義。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/623-bd535c5c
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)