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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    布に対する考え方。

    生誕―螺旋Ⅰ (部分) 松田光司作「 生誕―螺旋Ⅰ 」 (部分)

    このブログでもさんざんふれている事だが、最近「1枚の布シリーズ」に対して新たな考え方を持つようになった。


    ここ数カ月の間に制作した「1枚の布シリーズ」により、その思いが強くなったのである。

    元々、布に対して思っていた事は『身体から発せられるエネルギーを視覚化したようなもの』という捉え方をしていたのであるが、そこから少し抜け出した感じ・・・。

    まあ単なる捉え方、言い方の違いと言ってしまえばそれまでの事なのだが、以下のようなイメージ。


    『自分の内側、もしくは世界のどこかに、何だかエネルギーが溜まっており、今まさにそれが噴出しようとしている。

    しかし、それはエネルギー体であるため、残念ながら目で直接見る事は出来ない。

    さてでは、そのエネルギー体を何とか目で見えるようにしてみたいのだが、・・・その方法は?・・・と考えた時、そのエネルギーの塊の上に、ポンっと布をかぶせてみる事にしたのだ。

    すると、その布は、エネルギーの形をそのまま目で見える形として伝えてくれる役割を果し、見事にそのエネルギー体が眼前に現れてくれる事となったのである。』

    ・・・と、まあイメージの中の話ではあるが、こんな感じ。


    簡単に言ってしまえば、「人」がメインであったところから「エネルギー体」がメインになったということであろうか。

    要するに、そのエネルギー体の象徴的存在として「人の形」が出て来てみたり、「卵の形」が出て来てみたりするという事なのである。

    ここで登場する布は、実在する布ではなく、空想の布なのだが、この布はエネルギー体を視覚化する重要な媒体という事になる訳である。


    当然、毎回この考え方で作品を制作する訳でもないのだが、ここ数カ月の内に制作した「一枚の布シリーズ」はこんな感じであったという事。

    多分、今後、また新たな展開、新たな解釈も出て来る事であろう。

    自分自身でもどんな展開になっていくのか楽しみである。
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    1. 2012/02/13(月) 18:15:21|
    2. 彫刻
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    4. | コメント:2
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    コメント

    視覚化できないものについて

    先生、私も最近「心」の形を探っています。
    彫刻と同様に、陶芸も立体物なので、より、明確に視覚化する必要があるので、その方法を探っています。
    陶芸は、焼く工程があるので、形に制限がありますが、毎回成形するのが困難な形状になってしまいます。己から「表出」する感情を形にするのなら、やむおえないことなのかもしれませんね。
    先生の作品を拝見して、人の作品からは、纏うオーラのようなものを感じました。布の作品からは、内包しても尚、圧倒的なエネルギーを感じました。こんな表現方法もあるのだと驚嘆しました。
    長くなりましたが、失礼します。
    1. 2012/02/13(月) 23:09:54 |
    2. URL |
    3. 岩切良介 #-
    4. [ 編集 ]

    Re: 視覚化できないものについて

    コメントありがとうございます。
    岩切君の言っている事は、多分どの作家にとっても一生の課題なのでしょうね。
    「これで答えが見つかったからOK。」とはならないのだと思います。
    ただ、ずっと探求し続けていると、スッと自分の心の中に降りて来てくれた形が、
    ほぼそのままの形で、私の手を通し現実世界に出て来てくれる事があったりします。
    そんな時は『探し物の一つをまた見つける事が出来て良かった。』といったような感覚になります。
    こんな事の繰り返しを20年以上続けているといったところでしょうか。
    岩切君、お互い頑張りましょう!
    1. 2012/02/14(火) 09:41:00 |
    2. URL |
    3. 具象彫刻家 #-
    4. [ 編集 ]

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