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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    具象作品といっても、・・・。

    光を浴びる 撮影 松田光司

    人それぞれ様々な考え方があるので、こういった考え方もあるのだという一つの解釈として読んで頂きたい。


    まあ最近でこそ、「具象は古く、抽象は新しい」などという偏った古臭い意見も聞かれなくなったが、私が学生の頃はまだ何だかそういった空気が支配していたのである。

    しかし、ある相当量のエネルギーを持った一人のつくり手が何かを表現しようと思う時に、その最終的に現れた形が具象であるか抽象であるかなど、全くどうでもいい事であるし、要はその作品から何を感じ取れるかの方がよほど重要であるはずなのである。


    そんな前提に立った話であるのだが、・・・

    結論から言ってしまうと、私が思うに、「具象」と言ってもある意味「抽象」といってもいいのではないかと考えているのだ。

    結局、具象作品をつくると言っても、必ず、つくり手というフィルターを通す事になる訳である。

    そこには必ず、そのつくり手独特の見方、感じ方、考え方、捉え方、等々様々な要素が加わる訳である。

    すると、たとえどんなに同じモデルを使って何人かが制作したとしても、同じ作品は一つとして出て来ないという事実があったりするのだ。

    つまり、それぞれがそれぞれに受信した部分のみを切りとり作品にしている訳で、結局、それはモデルという仲介役を通し自分自身を表現していると言う事につながる訳なのである。

    また、抽象的な具象(具象的な抽象)に対し「抽具象」という言葉があったりするのだが、そのライン引き(区分け)は結局、主観的な要素が強く100人いれば100人が同じ所でラインを引くような事は決してないはずなのである。

    例えば、「形の説明だけでは終わっていない何かが含まれたもの」・・・という言い方をした時に「具象」でも「抽象」でもどちらも当てはまるのではないか。


    ・・・と、力説してはみたものの、
    まあ確かに、明らかに人や動物の形をしていれば「具象」、何の形かよく分からなければ「抽象」と言ってしまえばそれまでの話ではあるのだが、・・・。
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    1. 2012/01/09(月) 18:52:16|
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