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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    その目線では・・・。

    太陽と虹色の光 撮影 松田光司

    またまた昔の事で申し訳ないが、美術予備校に行っていた頃の話。


    まあ以前にも予備校の事については少しふれているのだが、これはちょっと印象に残っている話なので書いてみたいと思う。

    前にも書いた通り、彫刻コースだからと言って毎日彫刻をつくっている訳ではなく、ほとんどの時間が石膏デッサンにあてられていたのだ。

    ・・・で、学生達は二重、三重となって石膏像を取り囲むように陣取りデッサンをする訳である。

    先生方もずっと付きっきりという訳でもなく、定期的にアトリエにやってきては一人一人指導するのである。


    さて、そんな状況の中、一人の女性の先生が指導しに来られたのであった。

    その先生は舌鋒するどく、おかしな点をガンガン指摘しながらデッサンに手を加えるのであった。

    ・・・で、ある男子学生に対して「全然、デッサンくるってるじゃない、どこをどう見てるのよ。」などと言いながら思いッきりデッサンを描き直していったのだが、どうもその男子学生は腑に落ちない様子。

    先生がアトリエから去っていった後も首をかしげている。


    ・・・何故か?


    理由は明白、・・・実は石膏像を見る視点が全く違ったのである。

    その男子学生は石膏像から離れた後ろの方だったので、立った状態でデッサンを描いていたのだが、・・・どうであろうか、多分、背の高さ180センチ以上はある大男。

    それに比べ、その女性の先生はとても小柄。

    目線の高さは多分30センチ前後は違っていたであろうと思われるのだ。

    ・・・つまり、そのくらい目線の高さが変われば、石膏像の見え方も変わって当然なのである。

    しかし、その先生はそういった事を一切考慮に入れず、「全然、デッサンくるってるじゃない、・・・。」とやってしまった訳なのである。


    その後、その男子学生と女性の先生がどういった感じで話したのかは知らないが、その数日後の事・・・。

    女性の先生は、その男子学生を指導する時には、高さ30センチほどの台の上に乗ってデッサンに手を入れるようになったのであった。


    ある一つの物を見る時、誰もが同じものを見ているようでも、実は、それぞれが全く違うものを見ているのかもしれない、  ・・・と考えさせられる出来事であった。
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    1. 2011/12/01(木) 23:49:05|
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