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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    いかにも彫刻家らしい・・・とは?

    木の実 撮影 松田光司

    ある彫刻家のインタビュー記事の中でこんな言葉を見かけた。


    それは、・・・「いかにも彫刻家らしい答えであった。」・・・といった言葉。


    さて、この「いかにも彫刻家らしい・・・。」とは一体どういう事を指すのであろうか?


    あえてこのインタビュー記事の内容には触れないが、はっきり言って、もしその時その彫刻家の人が、正反対の答えをしていたとしてもきっと・・・「いかにも彫刻家らしい答えであった。」・・・と書かれていたのではないかと思ってしまうような内容であったのだ。


    そう考えると「いかにも彫刻家らしい・・・」とは何を持ってそう定義しているのであろうか?

    ・・・といいつつ、この場合、答えは実に簡単な話であるのだ。

    つまりこれは、彫刻家を目の前にしてインタビュアーは、彫刻家の考えを引き出すようなインタビューをしている訳なので、正直、彫刻家がどんな事をどう話そうが、「いかにも彫刻家らしい・・・。」となってしまうのは当たり前の話なのである。

    とはいえ、この彫刻家の人はあくまで個人的な考えを述べているに過ぎず、自分がいかにも彫刻家らしい答えをしているなどとは全く思っていないはずなのである。

    しかし、インタビュアーにとって、目の前の彫刻家は、彫刻家ならではの彫刻家らしい言葉を語ってくれる存在に見えていた訳である。


    私がこの記事のこの部分に引っかかってしまったのはまさにここにあるのだ。

    正直、私は(当然の事として)この彫刻家とは全く違った考えの答えを持っており、インタビュー記事を読んで、この彫刻家はこう考えるタイプの人なんだな・・・という程度にしか思わなかった訳である。

    しかし、普通の人がこのインタビュー記事を読んだ時、『なるほど、彫刻家の人達はみんなこういう風に考えるものなんだな。』と思ってしまうような印象を与えるものであったのだ。

    まあこんな小さな事の積み重ねで、イメージと言うのはいつの間にか定着していってしまうのであろうと思われる。


    今ふと思ったのだが、・・・
    もし、私が今書いたこの文章を、このインタビュアーに見せたとしたら、
    ・・・「いかにも彫刻家らしい意見ですね。」・・・と言われてしまうのがオチなのかもしれない。
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    1. 2011/11/04(金) 23:07:07|
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