FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    どう見られているか気になる?

    10月の夕焼け 撮影 松田光司

    この世界に生きるとは、ほぼ間違いなく多くの人との関わって生きていくという事を意味する訳である。


    自分以外の存在を無視して生きて行くのは、まず不可能な事である。

    どの世界で生きて行こうと必ず何かしらの形で、お互い干渉し合って生きていくものなのだ。


    さて、こうして集団の中、生活をしていると、どうしても自分は人からどう見られているのだろうか、・・・と気にしてしまう人は多いのではないか。


    しかし、私が思うに、人というのはそれほど他人の事を気にしていないのではないかと思うのだ。

    確かに、自分が集団の中、失言したり失敗したりすると恥ずかしいし、そんな時は周りからどう見られてしまうのだろうと思ったりもする。

    でも、自分の立場から考えてみると、普段の生活において、他人の事ばかりを常に考えている状態というのは、・・・ほぼないのでは?・・・と思われるのだ。

    過去の事を思い返してみても、そんな状態というのは、恋愛相手の事を想う場合ぐらいしかないのでは、・・・と思ってしまう。

    腹の立つ相手や憎しみを感じるような相手であったとしても、ずっとその人の事ばかり考える事はまずないであろうし、・・・というか逆に考える事自体、苦痛でいやだったりするものであるし、・・・。


    そう考えると、よほど変な生き方をしているなら別だが、普通の生活をしているならば、他人からの見られ方など、一々気にする必要などないのではないかと思うのだ。


    例えば、Aさんが「私は周りにいるすべての人から○○な感じで見られてしまっている。」と思っていたとする。

    しかし、周りの人に「Aさんの事を○○な感じに見ていますか?」と聞いた時、「そんな風に思った事もないし、・・・と言うかだいたいからしてAさんの事について何か思った事もない。」・・・と言われてしまう可能性だって充分にあるのだ。

    人は自分以外の他人の事を延々と考え続けていられるほど暇ではないのだ。


    まあ、とはいえ私自身、他人からどう見られているか全く気にしていないとは言い切れなかったりもするが、私の日常において、その事はかなり低いウエイトでしかない事だけは確かなのである。

    考えてみれば、もしそんな事を一々気にするような性格であったならば、作品を発表するなどという自己主張の強い事も出来なかったりする・・・か?
    スポンサーサイト



    1. 2011/10/26(水) 19:39:16|
    2. 思想
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<その粘土は高級品? | ホーム | 東京芸大では、・・・。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/538-e1d4b1b9
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)