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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    昨日までの自分を振り返れば、・・・。

    空 春日井にて 撮影 松田光司

    この芸術の世界にいると、色々と不思議な巡り合わせや、不思議な現象にあったりもする。


    一部は以前にも少し書いているが、あまりそういう話を多く書きすぎると、たんなる頭のおかしなおっさんと思われてしまうのがオチなので、怪しげな体験談はなるべく書かないようにしているのだ。
    (もしかしたらその内、書くかもしれないが、・・・。)

    さて、そういった体験から、・・・という訳でもないのだが、私は生まれ変わりが本当にあったら面白いだろうなぁと思っている。

    もし生まれ変わりがあるならば、当然、「過去世」と呼ばれる前世の自分が存在していた事になる訳である。


    ・・・さて、その前世と呼ばれるもの、・・・自分の前世が何だったのか興味がある人も多いのではないか?


    しかし、ここで私は思う・・・そんなもの知っても何の意味もないのではないかと・・・。

    当然、私は自分の前世など全く知らないし、特に知りたくもないのだが、それには理由がある。


    例えば、『私の前世は○○だ。』などと歴史上活躍した偉人や有名な人の名前を出す人がいたとする、・・・しかし、ほとんどの場合、その出された名前の人物ほど、その人が凄い活動をしているとは思えない事の方が多いのである。

    はっきりいって『前世はそれだけ凄い人だったのに、今世は何やってんの?全然ダメじゃん。』と言いたくなってしまう場合が圧倒的に多いのだ。

    正直、そんなすごい人ならば、日本の中で、というよりも世界の中でもすでに知られるような活躍をしていなければまずいんじゃないの?・・・と思ってしまうのだ。

    「昔(前世)は俺も凄かったんだぞ。」と言っている暇があったら「今、がんばれよ!」と言いたくなってしまう。


    要するに、もし前世を知る事が出来たとしても、所詮それは過去の事な訳である。

    もし、「自分の過去世で経験した事を知る事が出来れば、今世に生かす事が出来る。」
    ・・・と言いたいのならば、そのままこの言葉を次のように置き換えてみるといい。

    「自分が過去に経験した事を糧にすれば、今に生かす事が出来る。」・・・というように。

    ・・・つまり、自分が一体何者であったか、・・・などという事は、過去世など知らなくとも、自分の生きてきた人生を振り返ればじゅうぶん分かる訳である。


    結局、自分の過去世は凄いんだなどと、どんなに主張したとしても、自分が過去やってきた事と、歴史上の偉人のやってきた事を比べてどうなんだ?・・・という事が問われる事になる訳である。

    また、もし本当に凄い人ならば、過去世の事など知ろうが知るまいが、また語ろうが語るまいが、時代や場所、環境に関係なく頭角を現してくるはずなのである。

    過去世(過去の栄光?)を単なる現実逃避の材料にするくらいならば、そんなもの知らない方がよっぽどましなのだ。


    やはり一番重要な事は、「今をどう生きるか。」・・・という事なのだと私は思う。
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    1. 2011/10/12(水) 18:18:02|
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