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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    芸術におけるプロとアマの違いと言っても・・・。

    夕焼けの住宅地 撮影 松田光司

    さて、この世界にいるとたびたび耳にするこの疑問・・・「芸術におけるプロとアマの違いとは?」


    とりあえず私なりに、色々と検証してみたい。


    一番には作品の質が全然違う・・・と言いたいところだが、正直今の時代、作品に対する価値観が多様化し過ぎてしまっているので、ちょっとこれは判断が難しいようにも思う。


    そしてよく言われるのが、それで食べていけているのかどうか、・・・という判断基準。
    ある意味一番単純な答えかもしれない。


    次にあげるとすると、芸術家として生き抜こうとする強い意志と覚悟があるのか、・・・という事。
    これは精神論的なものが主となった答えの出し方。


    確かにこの三つを上手く掛け合わせるとプロとアマの違いがあぶり出されそうな気もするが、申し訳ないが、ここで前提としていた質問の主旨を変え、違う方向からアプローチしてみたいと思う。


    それはこういう事・・・

    そもそもプロとアマの違いを、この「日本という国」の「今という時代」の価値観だけで論ずるというのが、それでいいのか?という疑問を私は持ってしまうのである。

    要するにプロという概念、アマという概念が、全くない国もあるはずであるし、さらには全くそういった概念がない時代もあったはずなのである。

    ・・・でも、今現在、あらゆる時代において、そしてあらゆる国において、芸術と呼ばれる作品たちはそれぞれの世界から生まれ出てきて、残され存在している訳である。

    その、今残され存在している芸術作品がプロによるものかアマによるものか?・・・と、分けようとしても、単純にその二択だけでは答えを出す事が出来ないように思うのだ。

    つまり、それぞれのつくり手が、それぞれの国と時代の影響や制約を受けつつもそれぞれの立場、それぞれの思いで作品を制作してきている訳である。

    ちなみに今、「作品」という言い方をしたが、「作品」という概念でさえ、時代や場所によって全く変わるものであり、作った本人が「作品」とも思わず制作したものが、芸術作品として残されている場合もあるのだ。


    そう考え出すと、今の時代においてしか通用しないかもしれない価値観である「プロ」と「アマ」という概念で、違いを区分けしようとしても、これが芸術の事となるとどうにもしっくりこないのである。

    世の中には、感動出来ないような手慣れた作品を作っていてもプロとして食べていける作家もいるし、逆に心揺さぶられるような作品を作っているアマもいる訳である。

    この二つを並べた時、この日本という国の今という時代ならば、かたやプロの作品、かたやアマの作品という事で片づけられてしまうのだが、正直、100年後200年後の評価などどう変わってしまうのか誰も分からないのである。


    さて色々と書いてきたが、では結局、「芸術におけるプロとアマの違いとは?」一体何なのか・・・。


    と言われれば、・・・芸術の世界で生き抜く覚悟を持ち、創造する作品の質も高く、なおかつ芸術で食べていける人の事をプロと呼び、そうでない場合をアマと呼ぶ・・・
    と、簡単に言いたいところだが、あまりにも色々なパターンがあり過ぎて、これは単なる一つの参考程度の目安にしか過ぎず、絶対的なものではないと思える。


    明快に答えを出そうとしても、今下そうとする判断は、結局どんなに頑張ってみても、今現在の価値観によるものになってしまうのかと思うと、
    ・・・答えは流動的に変わっていくものである・・・としか今の私には言えないかもしれない。

    また違う観点から思いつく事があれば、書いてみたいと思う。
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    1. 2011/10/11(火) 20:58:51|
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