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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    既成概念を打ち破る?

    小さな花 撮影 松田光司

    さて、芸術論の話などの時によく使われる「既成概念を打ち破る。」とか「既成の価値観を変革する。」といったような言葉について・・・。


    以前にもチラッとふれているが、芸術におけるこんな言葉は何となくかっこよく聞こえたりするものだが、・・・。

    しかし、こんな事が言われ出してから一体何十年が経っているのだろうか?
    (まあ間違いなく100年以上だが・・・。)


    はっきり言ってこれだけずーっと言われ続けていると、「既成概念を打ち破る事は素晴らしいんだ」という価値観そのものが、「既成の価値観」になっているようにも思えるのだ。

    正直、最初にそれをやった人は本当にすごいと思えるのだが、『じゃあ、私も、俺も・・・』と続く人達は、結局、表面的には内容が違うように見えるだけで、実際にはその価値観の単なる追随で、その模倣をしているに過ぎないように思えてしまうのだ。

    つまり、「既成概念を打ち破る」という事そのものが目的となってしまった瞬間に、それはマンネリ化への道へと進んでしまう事を意味するようにも思うのだ。


    思うに「既成概念」や「既成の価値観」というのは、他人もしくは自分が積み上げてきた何かな訳である。

    その積み上げてきた何かがなければ、打ち破る対象物がないという事になってしまう訳である。

    という事はつまり、過去の恩恵を否定すると言いながら、実はその大きさや歴史の重さを思いっきり利用させてもらっているとも言える訳である。

    大きく俯瞰(ふかん)して見れば、結局はその否定すべき価値観の上に乗っかっているだけとも言えなくもない。

    そう考えると、決して否定する事や打破する事が一番重要な事ではなく、要はその新しく打ち立てた内容がどうなんだという事がもっとも重要な要素となってくるのではないか。

    否定するだけならどんな人でも出来る訳で、結局のところ、新しく打ち立てた価値観というものが、その斬新さ新鮮さに魅了され、驚愕させられ、誰もが納得させられるような内容でもない限り、ただ消え去って行くのみなのである。


    要するに、「既成の概念を打ち破る」=「素晴らしい事」・・・と思いこんでしまっているところに落とし穴がある訳で、正しくは「既成概念を打ち破る」という中にも素晴らしいと思えるものもある、・・・と定義するのが正解なのではないかと私は思う。
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    1. 2011/10/08(土) 12:24:29|
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