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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    初めて学生に教えたのは・・・。

    9月、大学にて 撮影 松田光司

    私が初めて人前で教えるという経験をしたのは、20年ほど前、新宿、文化女子大学(現、文化学園大学)での石膏取りの授業であろうか。


    雇われ方の正式名称はよく覚えていないが、簡単に言えば石膏取り授業の補助。

    初めて声を掛けられたのは確か20代中頃であったと思う。

    基本的に非常勤講師の人がメインとなり、石膏取りを指導してくれていたため、最初の頃、私の仕事は石膏取りを教えるというよりは、学生の作業を一生懸命手伝うといった感じのものであったのだ。


    そんな状態が数年続いた後、転機が訪れる・・・その非常勤講師の人が退職してしまったのである。


    すると、別に指名された訳でもないのだが、毎年来ていた私が何となく、石膏取り作業を取り仕切る事になってしまったのだ。

    当然、単なる補助と違ってものすごく緊張する訳である。

    自分より5~6歳下なだけの女子大生30人前後を相手に、石膏取りの説明をしながら作業を進めていかなければいけなかったのだ。

    しかし、本当にありがたい事に、それまで石膏取りを仕切っていた非常勤の方の方法論が完璧であったため、それを何度も繰り返し聞いていた私は知らないうちにその方法論を覚えていたのである。

    したがってほぼその方法論通りやるだけで良かったのだ。

    実際、私も自分自身の石膏取りは速く上手く出来る方であったのだが、教え方の方法論というのは、まさにこの文化女子の石膏取りの授業で学んだといっても過言ではないくらいであったのだ。


    やがて、こんな事をやっている間に、お茶の水美術専門学校や明星大学に呼ばれるようになったりして、人に教えるという事に深く関わるようになっていったのであるが、当然、文化女子での経験は多いに生かされる事となった訳である。


    教える活動と作家としての活動の事については以前にもこのブログで書いたが、こういう生活になった今、やはり自分自身のバランスを取る意味においても、この教えるという行為が加わった事によって、丁度良い刺激が生まれているように感じる。

    今や、何十人もの学生を前にしても、すっかり緊張する事もなくなったが、いまだに文化女子での石膏取り講習の時の声がうわずってしまうような緊張感はしっかりと私の心の中に残っているのだ。
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    1. 2011/10/03(月) 23:10:53|
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