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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    布表現。

    制作途中の石膏 撮影 松田光司布表現の作品 制作途中 (石膏)

    このブログでも何度もふれているが、作品「 夢奏 」から始まった「一枚の布シリーズ」は今現在も私の中で大きなテーマとなって続いている。


    当然、「一枚の布」という事なので、布表現が出来なければこの作品は全く成り立たない訳である。


    初期の頃はそれこそ観察に観察を重ね、布表現を追求していった訳であるが、・・・

    やはり最初は、布によって出来るしわばかりに目が行き、それに惑わされていたように思う。

    学生の頃からさんざん裸婦像を制作し続けていたので、布表現をしてもその中に人の骨格を感じ取れるような造形はそれなりに出来たのだが、何しろしわだけが目立ち、しわだらけの服を着ているような彫刻?・・・と思えるような造形になってしまう事もあったのである。

    今にして思えば、人物の造形と布の造形をどこかで切り離して考えてしまっていたのではないかと思うのだ。


    こんな感じで、当初は普通の服を着た着衣像としての彫刻を制作する事が多かったのだが、やがてこれが「一枚の布シリーズ」となり、本格的に「表現としての布」に取り組んでいく事になる訳である。


    さて、このシリーズが始まるとともに、やはり私の布に対する意識も徐々に変わっていく事になるのであった。

    普通の服を着た人物像を表現していた頃は、布は単なる布として自然に見える事を心がけていたのだが、今、「一枚の布シリーズ」では、布に対しそのようには捉えていない。

    私にとって「一枚の布シリーズ」が始まってからの布というものは、特別な意味を持つ特別な存在となっていったのである。

    それはつまりこういう事、・・・

    布とは人物から発せられるエネルギーの軌跡を視覚化したものであり、またその彫刻が置かれた空間をも強く巻き込んでしまうような気の流れを作るものでもあり、さらには布を纏う人物をより際立たせる役割を果たすものでもある・・・と考えているのだ。

    布が織り成す造形と人物の形による造形は、それぞれが強く主張し合いながらも深く共鳴し、やがて一つの作品としてこの世に出現してくれるのである。

    布表現による造形は、まだまだあらゆる可能性を私に示してくれている。
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    1. 2011/09/27(火) 21:30:04|
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