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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    「物」の存在。

    粘土べら 撮影 松田光司

    作品という事に限らず、何かそこに「物」が存在する時、偶然そこに存在するという事はない。



    自然界の「物」でも必ず必然的に存在する訳であるが、人工的なものというのはなお一層必然性のある「物」しか存在しえないと思う。

    第1に、こんな物があったらいいなぁと一人、もしくは複数の人が思う。

    第2に、その思いに応えてそれを形にしようとする人が現れる。

    第3に、それを世に出す事を本人がOKと思うか、もしくはそれを出す事を良しとする人が現れる。

    第4に、その存在を受け入れる人たちが現れる。

    細かくはもっと色々あるのだが、このようにして初めて「物」というのは存在するのである。
    どれか一つでも条件をはずすとその「物」は存在しないか、もしくは消え去っていくのである。

    この観点からみると「作品」というのは、作り手の「我がままな独りよがり」だけの場合もあり、中々存在し続ける事に耐えうるのは難しいものだなぁと思ってしまう。

    しかし逆に考えると、今現在、何百年何千年の時間に耐え、残っている「作品」というのは、本当に必要とされ必然性があって存在している「物」なのだと思われる。

    さて、今の時代どれくらいそんな「作品」がつくられているのであろうか?
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    1. 2010/05/20(木) 10:00:03|
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