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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    最初はノミ砥ぎから、・・・。

    川のそば 撮影 松田光司

    さて、先日はこのブログで「浪人時代」について書いたが、せっかくなので東京芸大での学生生活についても少し書いてみたい。


    それこそ、芸大の頃の話は色々あり過ぎるので、とりあえず入学してすぐの授業の事について書きたいと思う。


    今現在のやり方は全く知らないが、当時(26年前)の東京芸大彫刻科の最初の授業は「ノミ砥ぎ」から始まったのである。

    10本ほどのノミを数週間かけて砥ぎ、ものすごく切れ味のいいノミへと変貌させるのだ。

    1本のノミに対し、何段階もの砥石を使うのだが、それこそ砥石に触れる指の先の指紋も消えてしまうほど砥ぎ続ける事になるのである。

    それをチェックする助手(現在の助教)も無茶苦茶厳しく、何度、「はい、やり直し。」という言葉を聞いた事であろうか。


    それだけに、すべてのノミを砥ぎ終えた時の開放感は格別で、『これでやっと、木を彫る事ができるんだ!』と喜びに浸っていたように記憶している。

    しかし、木を彫るといっても、好き勝手な作品を彫る訳でもなく、モチーフは「牛骨」・・・この模刻なのだ。

    しかも、基礎の授業なので、丸太材料の分配もチェンソーを使っての切断ではなく、大きなノコギリを使っての手作業による切断であったのだ。

    それなりに腕力にも持久力にも自信はあったのだが、丸太の切断がいかに大変なものか思い知らされたものである。

    ・・・と言いつつ、そんな大変な作業にもワクワクしていたように思う。


    その後、小さなノコギリを使っての荒落としが終わると、いよいよ自分で完璧に砥いだノミを使う事になるのだ。

    ・・・で、切れ味と言えば、・・・やはり最高!・・・面白いくらいによく彫れるものであったのだ。

    ・・・が、落とし穴もある。

    まだ使い方も上手くないため、刃の先がほんの少し欠けてしまったりするのだ。

    そんな時は、助手の人にどうしたらいいのか聞く訳だが、・・・

    答えは当然、「そんなの最初から砥ぎ直すに決まっているだろう。」・・・との事。

    まあ、確かに当たり前の話で、刃先が欠けなくても切れ味が悪くなれば、砥石で砥ぐという作業は一生ついてまわるものなのだ。


    そんなこんなで、最初の授業は、ノミ砥ぎに始まり、ノミ砥ぎに終わるような授業であったのだ。


    こんな特殊な授業をやってしまう東京芸大彫刻科、・・・また、近々違う授業の事についてもふれてみたいと思う・・・お楽しみに。
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    1. 2011/08/23(火) 21:40:53|
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