FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    あの頃から、・・・。

    毛越寺にて 撮影 松田光司

    以前にも少しふれた事だが、作品を完成させる上において、一人の時間と空間は絶対必要なものであるのだ。


    それを意識し出したのは、かなり前・・・私が大学院に在籍していた頃の事になる。


    今でこそ、普段は一人で彫刻の制作を行っているのであるが、・・・

    学生の頃というのは、当然、共同アトリエで何人もの学生が制作している中、自分も制作を進めて行く訳である。


    その環境に慣れてしまうと、他人がいるのが当たり前だし、他人に制作途中の作品を見られる状態も当たり前になっていく訳である。

    すると、ついつい友達同士という事もあり、聞かれもしないのに、「その制作途中の作品って、○○だね。」・・・みたいな事を互いに軽く言ってしまったりするのだ。

    それがまだ、学部の1~2年生の頃ならば、意識もそうたいして高くないので、何とも思わないのだが、・・・
    大学院ともなると、・・・正直、そのちょっとした一言が耳障りな言葉となったりするのだ。

    つまり、自分の中ですでに分かっている事(やろうしている事)を指摘されたり、逆に見当外れの事を指摘されたりする事にいい加減ウンザリしていた、・・・という状態だった訳である。

    自分の中に明快なヴィジョンがあり、そこに気持ち良く向かっている最中に、邪魔をされたくないという思いが、どんどん強くなっていったという事なのだ。


    しかし実際には、大学で一人の時間と空間を確保出来るのは、早朝の2時間くらいしかなく、あとの時間は良くも悪くも同年代のつくり手に囲まれた状態での制作だった訳である。

    学生の途中までは、何とも思わなかったのだが、今にして思えば、その状況とはものすごく特殊な状況であり、制作に没頭したい自分にとって、ある時から違和感を覚えるようになったのは、当たり前の話であったのだ。


    やがて大学を出て、完全に一人の時間と空間を手に入れた時、・・・『何と制作しやすいのであろうか。』・・・と、心の底から思ったものである。


    ・・・とまあ、こんな事を言いつつ、当然、同年代のつくり手に囲まれた中での制作は、ものすごく刺激がいっぱいであったし、この経験なくして今の自分は絶対になかったであろうと思っている。

    ・・・が、結局、それも一つの通過点であったという事。


    他の作家の事は知らないが、やはり私にとって作品は、一人の時間と空間なくして完成するものではないのだ。
    スポンサーサイト



    1. 2011/08/18(木) 20:17:11|
    2. 彫刻
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<右手と左手。 | ホーム | 岩手も暑い?>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/476-4d7fbbf4
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)