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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    演技。

    厳美渓の流れ 撮影 松田光司

    映画やドラマを観ていて、たまにちょっとした事が気になってしまう事がある。


    それは、主役にせよ脇役にせよ、芸術家が出てくるストーリーの時。

    映画やドラマになるくらいだから、だいたい芸術家というのは、おかしなキャラで描かれており、破天荒な感じであったりする訳だが、まあしかし、その部分はもう毎度の事なので、かえって気にならなくなっていたりするのだ。

    ・・・が、実はそれよりも引っかかる部分がある。


    それは、石を彫ったり、絵を描いたりするシーンの描写。


    たまたま観た映画で、彫刻家が石を彫るシーンがあったのだが、・・・

    多分、情熱的に一心不乱に石を彫っている姿を表現したかったのであろう、

    ・・・・しかし、あの彫り方ではハッキリ言って10分と持たないし、間違いなく腕も痛めてしまう。


    特に石などは、機械を使わず手作業だけで彫る場合、数分で完成する訳もなく、毎日コンスタントに彫り続けて数週間から数カ月は時間がかかるものなのである。

    ・・・10分と持たないような彫り方は、彫刻家ならば絶対にしないのだ。


    また別な映画でも、絵を描くシーンに違和感を覚える事があった。

    手元をアップで映している時は、プロの画家が描いていると思われるので、特に問題は感じないのだが、・・・

    しかし、全体をひいて映した時、その制作途中の絵から感じるリズム感と、役者の動かす筆のリズム感が全く合っていなかったりするのだ。

    あの筆遣いで、あの絵は描けない、・・・と思ってしまう。

    また、役者の意識が絵の画面ではなく、演じる事に酔ってしまった自分に意識が向いていたりして、・・・それでは絵との一体感は生まれて来る訳がないのだ。


    そんな細かい事、・・・と思う人もいるかもしれないが、実はそんな部分が重要な要素であったりするものなのだ。


    まあ、これは芸術家に限らず、色々な職種の人達も自分達のやっている仕事を描写された時、同じように感じている事かもしれないが、・・・いい映画やいいドラマはこういった描写もしっかりしている場合が多いように感じる。
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    1. 2011/08/05(金) 21:34:02|
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