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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    修復について。

    庭木の葉っぱ 撮影 松田光司

    東京芸大にも保存修復科という科が存在しているのだが、今日は彫刻の修復について少し話してみたい。


    ・・・と、言ってはみたものの、自分以外の彫刻の修復の事などほとんど知らないし、正直、他人が作った彫刻の修復など、全く興味はない。

    確かに、専門的な保存修復技法を学べば、自分の彫刻に生かす事も出来るのであろうが、・・・とりあえず、二十数年間彫刻家をやってきた中で、その必要性を感じた事は、一度もない。

    逆に言うと、自分の作品にとって必要ならば、とっくにその世界に首を突っ込んでいたのだろうと推測される。


    とりあえず、他人の作品はおいておくとして、今、自分の彫刻が壊れた場合の修復に関してだが、・・・・作者であるから当然、自由にやりたい放題好き勝手に出来るのである。

    あの材料を使ってはダメとか、この道具を使わなければダメとか、・・・・そういった縛りは一切ないのだ。

    かといって、数カ月しかもたないような、修復をする訳もなく、彫刻家として新たに彫刻をつくるがごとく、修復するのである。



    さて、ではもし自分の作品が、未来において誰かの手によって修復される事があったとしたら、  ・・・どうなのか?


    ・・・と、言われれば答えは簡単、・・・「その時代の修復に対する考え方、価値観に沿った修復をしてくれれば、それでOK。」・・・なのである。


    実際、時代によって、作品修復のやり方は全く違っており、修復された内容を見るだけで、どの時代の修復なのか分かってしまうほどらしいのだ。

    ・・・で、それぞれの時代のそれぞれの修復の仕方が、正しいのか、間違っているのか、・・・と言えば、それはどちらとも言えず、結局、修復に対する考え方や価値観が違うだけなのである。

    確かに、雑に修復されてしまうのは嫌なものだが、それは、その作品がくぐり抜けた時代の洗礼を受けた証であり、その事そのものが、その作品の歴史となっていく訳である。


    ・・・と、まあこんな偉そうな事を書いていても、

    ・・・『修復してでも、ずっと後世にまで残しておきたい。』・・・

    と、思われるような作品をつくらなければ、今日の話は私と全く関係のない話になってしまう訳で ・・・もっとがんばらねば!・・・ というのが結論・・・か。
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    1. 2011/08/03(水) 20:17:23|
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