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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    他の彫刻家の作品に・・・。

    荒付け状態の首像 撮影 松田光司

    数年前まで担当していた、お茶の水美術専門学校の授業での話。


    私が担当していた授業とは、・・・学生に首像を作らせ石膏取りまで行わせる、・・・というものであった。

    作業が多い事もあり、講師は私一人ではなく、複数の講師がいた訳である。

    授業の進め方としては、講師が交代で代表となり、実際に見本として首像を制作していくというスタイルをとっていたのだ。

    ・・・が、しかし、私も含めどの講師も、非常勤や臨時講師だったので、毎日、学校に来られる訳ではなかったのだ。

    そのため、誰か講師が休みの時には、他の講師がその穴埋めをして授業を進めていた訳である。


    さて、そんな前提を知ってもらった上での話なのだが、・・・

    私が首像制作を担当する回の時、・・・何と、たまたま初日に私が来られない日に当たってしまったのである。

    まあ当然、それはいつものごとく、他の講師が私の代役を務める訳だが、・・・その初日の授業とは、粘土の荒付けをするところまで進める内容だったのである。

    次の日、私は、その他の講師によって荒付けされた首像を、そのまま引き継いで、学生に説明しつつ制作を進めて行くのであるが、・・・・


    ・・・それが何とも、つくりづらいのだ。


    「何で?・・・他の講師がつくったって言っても、単なる首像の荒付け状態でしょ?」

    ・・・と、思うかもしれないが、そこにはすでに、それを制作した講師(彫刻家)特有の、形、エネルギー、主張、波長、想念、・・・等々が、目一杯詰まっているのである。

    これを自分の作品の波長に直そうとしても、ちょっといじっただけでは、全く自分の作品になっていかないのである。

    それほど、つくり手というのは、強いエネルギーと圧倒的な造形力を持っているという事なのだ。

    結局、私がその首像に対し、やる事と言うのは、自分のエネルギーを一から注入し直すという事。


    まあこんな事でもない限り、他の彫刻家の作品に手を入れ、つくり変えてしまうという事など、まずあり得ないであろうと考えると、・・・・結構、貴重な体験が出来たのだなぁと、あらためて思うものである。
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    1. 2011/08/01(月) 15:42:35|
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