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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    すでに見えていたもの。

    無  松田光司作「 無 」 1991年制作

    学生の時、制作した石膏作品の表面が、小さな気泡の穴だらけで驚いたという話をしたが、・・・今日はまた別な観点からの話。('11.6.6参照)


    学生の頃と今現在の作品の違いは、まあ色々とあるのだが、・・・ある一つの見方からすると、今の方が繊細に細かいところまで見えているという所ではないか、・・・と思っている。

    細部への作り込みは、学生の頃と比べて全くレベルの違ったものとなっているのだ。


    まあ、徐々に細部までこだわるような作風に変わっていった訳であるが、大学を出て、2~3年くらい経った頃であろうか。

    ある首像作品を制作した時の事、・・・その作品は、眼も素材を変えて表現し、しわの一本一本まで作り込むような、かなり本人に肉薄した作品づくりをした訳である。

    その完成度は、当時の私の作品の中でも、過去にないようなところまで、作り込めたように感じたのだ。

    その時、私は『大学を出てからも制作し続けていれば、随分と技術も上がっていくものだなぁ。』と感じた訳である。

    まあ当然、技術が向上したという事は、作品そのもののレベルも向上したような気になっていた訳である。


    ・・・ところが、

    ある時たまたまなのだが、その作り込んだ首像と、学生の頃制作した首像がアトリエで、隣り合って置かれる事があったのだ。

    ・・・で、比べてみてびっくり、・・・たいして変わらなく見えたのだ。

    確かに、細かいところを見れば、卒業後2~3年で制作した首像の方が、かなり作り込んであるのだが、比べてしまえば、それは大した差となっていない。

    その時、私が思った事はこうである。

    『ああ、もうすでに、あの学生の頃から彫刻の芯の部分は見えていたんだ!
    今自分がやっている事なんか、とっくに分かっていたけど、ほんのちょっと技術が足りなかっただけだったんだ!』

    ・・・と、感じた訳である。


    学生の頃の私について・・・
    石膏像の気泡の話とかは、全く見えていなかったという話だが、今日の話は、別にすべて見えていなかった訳ではない、・・・という話。


    結局、作品というのは大きく変化したように自分が思っているだけで、やはり少しずつ変わっていくものだ、・・・と実感した訳である。

    多分、今も少しずつの変化しかないのだろうが、・・・それも何十年と続けば、いつの間にか大きな変化となっているのだと思う。
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    1. 2011/07/24(日) 23:41:05|
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