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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    どの作品を持つ?

    山で見かけた木 撮影 松田光司

    8年ほど前、ある年上の彫刻家の人と話をしていて、次のような質問をされた。


    「例えば、自分のアトリエで制作中に、火事とか地震とかで、緊急に避難しなければいけない時、君はどの作品を持って逃げる?」

    ・・・と、聞かれたのだが、私の答えは、・・・

    「本当に緊急ならば、目の前にある作品、・・・か、・・・もしくは身一つで逃げますね。」

    すると、その彫刻家の人は何だか勝ち誇ったように、
    「君には命にも代えて守ろうと思う作品がないのか?・・・私にはあるぞ。」
    ・・・と、自慢げに言うので、私はこう答えておいた。

    「作品は、また作れるものですから、そこから運び出す事の出来ない作品はあきらめます。ハッキリ言えば、もしそうなってしまった場合、それがその作品の運命だったという事ですから、そこに未練を残そうとは思いません。むしろそういう経験をした後に、自分から出てくる作品って、どんなだろう?・・・って思ったりしませんか?」

    すると、その彫刻家の人は、少し面白くなさそうに、
    「君はまだ若いからそんな事が言えるんだよ。私は若い頃作った作品で絶対に持って逃げる作品がある、・・・何しろ二度と出来ない作品だからね。」


    まあ、言い合いをしても、平行線だと思い、議論は避けたが、私としても、当然、運び出す事が可能ならばすべて運び出したい、・・・がしかし、そのために命をかけようとは全く思わない。

    同じ命をかけるならば、作品をつくる事の方に命をかけたいのだ。


    思うに、作品と言うのは、私の手から生まれた瞬間に、その作品それぞれの運命の道を歩み出していくものだと考える。

    私が多少、その作品の道筋に関与する事もあるが、本当に微々たるものであるし、永遠に未来永劫、その作品の行く末を見届ける事など不可能な訳である。


    結局、残る作品と言うのは、つくり手の意思に関係なく残るものだと私は思っている。
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    1. 2011/06/29(水) 19:16:00|
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