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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    まったく無名だった20代の頃の話。

    静声  (部分) 松田光司作「 静声 」 (部分)

    今でこそ、そういう事もなくなってきたのだが、彫刻家として駆け出しの頃は、色々な人から色々なパターンの扱いを受けたものである。


    当然、基本は「どこの馬の骨だ?」とか「どこぞの若造が何を言うか。」といったような扱いや対応がほとんどだった訳である。

    しかし、ある時、下にも置かないような対応を受ける事になる。

    それは芸大教授の紹介で仕事をした時の事。

    年齢は確か20代半ばごろであったと思う。

    当時は、「先生」などと呼ばれる事も滅多になかったのだが、いきなり「松田先生、松田先生」と大歓迎。

    「若造が、・・・。」といった対応の方が普通だった私にとってそれは結構な衝撃であったのだ。


    当然、それが自分の力によるものではない事は、重々承知の事であった訳だが、本当に誰の紹介なのかによって、ここまで周りの対応は変わるものなのかと驚いてしまった。

    自分にはまだ何の力もないだけに、バックに誰がついているのかによって、天と地ほどの対応の差が出てくるのだという事を思い知らされた訳である。

    一回こういう事があったからといってその後、「先生、先生。」などという状態が続く訳でもなく、その時々の仕事により、上げられたり、下げられたりしながら、彫刻家としての活動が続いていったのである。

    しかし、自分は全く変わっていないのに、周りの対応や扱いがコロコロ変わる姿を見て、「自分の存在とは一体何ぞや?」と自分自身を深く見つめていくきっかけともなっていった訳である。


    いずれにせよ、今思うのは「若造が、・・・。」というのも「先生、先生。」というのも、同時期に両方経験出来て良かったという事。

    このお陰で、調子に乗りすぎる事もなく、自分自身卑下する事もなく、常に素の自分と向き合えたような気がする。
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    1. 2011/06/12(日) 22:38:07|
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