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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    生みの苦しみって?

    梅雨の晴れ間 撮影 松田光司

    『作品とは、生みの苦しみの中から出て来きたものでなければ、本物ではない。』・・・などという先入観はどこから来たものであろうか?


    私は常々こう考えている。

    作家の苦しみと、作品は別である、・・・と。


    しかし、何故だか、『苦しみぬいて出てきた作品こそ素晴らしいんだ。』・・・と思われてしまう事が多いのだが、傑作、駄作が『作家の生みの苦しみ』という観点のみから分かれてしまう、・・・と考えてしまう方が、まったくもって無理があるのではないか?


    作品も作家から生み落とされるものと考えた時、例えば、これを実際の出産に例えてみると、分かりやすい。

    苦しみぬいた難産の末、生まれた子供は、素晴らしい優秀な子であろうか?
    逆に一切苦しむことなく、簡単に安産で生まれた子供は、たいした事のない劣った子であろうか?

    ・・・いや、全く関係ないではないか、・・・生まれ方で優劣など決まる訳がない。


    実際考えてみても、過去、残されてきた人類の宝とも言えるべき芸術作品すべてが、芸術家の苦しみのもと、生まれてきたなどとは決して言えないはずである。


    では何故 『 苦しみから生まれた作品 = 素晴らしい作品 』 のような錯覚があるのかと言えば、

    ・・・結局、それを売ろうとする側の宣伝によるものなのではないか?


    正直、つくり手側から言わせてもらえれば、「苦しんだ事」を売りにしようなどとは絶対に思わない。

    むしろ、その部分は絶対に人に見せないし、また、わざわざ苦しんでいる事を感じさせるような作品をつくろうとも思わない。

    当然だが、全く苦しまずに作品が出てきたりもするし、そういった苦しまずに出た作品が劣った作品という事も絶対にない。


    ・・・という訳で、私の場合、
    「この作品は作家の苦しみの中から生まれた魂の作品である。」・・・などと言われたとしても、その言葉で作品の善し悪しを判断する事は、絶対にあり得ないものである。
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    1. 2011/06/09(木) 17:41:38|
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