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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    何をやりとりしているのか?

    妖精卵 空ー覚醒Ⅱ(部分) 松田光司作「 妖精卵 空ー覚醒Ⅱ 」 (部分)

    数年前、ギャラリーが作品を売る事について、画商さんと意見を交わし合った事がある。
    (ちなみに企画展の開催しかやらない画商さんとの話なので、ここでは貸しギャラリーの場合はどうなのかは、ふれていない。)


    内容的には、美術だけに特化した話ではなかったのだが、いわゆる商売とは何を売るのか、という事について話をしたのである。


    まず、結論から言ってしまおう。

    画商さんというのは、確かに扱っているものは作家の作品なのだが、お客さんとやり取りしているものは一体何なのかと言えば、結局「信用」というものなのである。

    もうすでに売れまくっていて誰もが知っている作家を扱うならば、その価値もある程度、公に通用するものだったりするのだが、当然、誰も知らない無名作家の作品も扱う訳である。

    そういった作品を見知らぬお客さんが買う時、何を基準にしているのかと言えば・・・。

    単純に気に入ったから、 作家の将来性に期待したから、 作品が安かったから、 知り合いだから、 若手を育てたいから、・・・等々、理由は色々とあるのであろう。

    しかし、ここで見落としてはいけないのが、・・・それを扱う画商さんに「信用」を置いているから、・・・という事もあるはずなのである。

    ギャラリーを通し、無名作家の作品を買うという事は、ギャラリーがその作品の価値を、保証してくれているという事なのである。

    もし信用ならない胡散臭い画商であるならば、その作品の価値も信用出来なくなってしまうのだ。

    そう考えると、信用出来ない画商からは、やはり買う気は起きない。

    つまり画商はどんな作品をを扱っても構わないのだが、「信用」を無くすような行為だけはしてはいけないのである。



    さて、今日の話、・・・「信用が大事」などと、ものすごく当たり前の話をわざわざした訳であるが、当然、それはどのジャンルの世界でも同じはずだと思うのだが、・・・それが政治の世界であったとしても。

    「信用」を無くすのは一瞬だが、その無くした「信用」を構築しなおすのは一瞬ではないし、場合によっては二度と取り戻す事が出来なかったりするものである。

    まあ、一般論は政治の世界では通用しないのかもしれないが、政治家が相手にするのは他の誰でもない我々一般の国民である。

    政治家の中だけで通用する常識を振りかざされても、国民からの「信用」は回復するものではない。
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    1. 2011/06/03(金) 18:39:51|
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