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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    意図するところ。

    5月の街路樹 撮影 松田光司

    私もつくり手の一人であるため、何かつくられたものを見る時は、つくり手の目線で見てしまう事が多い。


    つくられた物、・・・というのは何も彫刻や絵の事ばかりではない。

    小説、映画、ドラマ、漫画、ゲーム、音楽、舞踏、演劇、等々。


    例えば小説を読んでいても、あらすじや字面だけを追う事はまずない。

    その作者が何を伝えようとしているのか、何を考えているのか、・・・という事を自然に読み解こうとしている感じがあるのだ。

    読んでいる最中は、自然に物語に引き込まれたとしても、必ずそれを冷めた目で見ているもう一人の自分がいるのである。

    その観点から言うと、作者の意図するところがあるはずなのに、意図的なものを全く感じさせない作品というのは読み応えがあり、やはり面白く感じる事が多い。


    同じようにゲームなどでもつくり手の意図するところを感じ取る事は出来るのだ。

    これは意外と見落としがちだが、そのルールの部分に主義主張が見え隠れするのである。

    最近出来たようなゲームはもちろんの事だが、昔からあるゲームでも結局ルールというのは人が勝手に決めてきたルールなのである。

    ルールの作り方に、その人(その組織)の思想や考え、もしくはその地域全体の文化や歴史的な背景などが透けて見えたりするものなのである。

    やはり、長きにわたり生き残ってきたゲームのルールというのは、人が決めたルールであるにもかかわらず、何だか絶対視しなければいけないような妙な説得力があったりして面白い。


    今は二つのジャンルを例えに出したが、結局、どのジャンルであろうと、当然そこに何かしら人の思想や考えというものは、必ず入っているものなのである。


    普段の生活においては、あまり意識する事もないが、たまにはこういった事にも思いを巡らせ、読み解いて行くのも面白いのではないかと思う。

    ・・・無意味につくられ、無意味に存在するものなどない訳だから・・・。



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    1. 2011/05/28(土) 19:02:28|
    2. 思想
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