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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    いわゆる銅像と呼ばれる彫刻。

    麗静レリーフ(テラコッタ・部分) 松田光司作「 麗静レリーフ 」 (テラコッタ・部分) h 15 × 11 cm

    「彫刻家をやっています。」と言うと、まあ色々な反応があって面白いのだが、よく言われるのが、「じゃあ、誰か偉い人の銅像でも作っているんですか?」・・・と、いったもの。


    しかし、私自身、この世界に入る前までは分からなかったのだが、今の時代、一般に銅像と呼ばれているモニュメントのような肖像彫刻の仕事は決して多いものではない。

    結局、昔のように一人の豪傑や英雄を称えるような時代ではなくなったのではないかと思うのだ。

    以前にも少しこのブログで書いた事だが、価値観が多様化しすぎて、小さなグループの中だけでしか通用しないカリスマやお山の大将ばかりが増えてしまった、・・・という事も関係しているかもしれない。

    私も公の場所にいくつも彫刻を設置しているが、肖像彫刻よりも圧倒的に子供や女性の像の方が多いのである。


    ちなみにこれは余談だが、私が学生の頃、大学の教授から聞いた話。

    ちょっと記憶があいまいで申し訳ないが、確かその教授の先生の先生くらいの時代の話として聞かされたものであったと思うのだが・・・。

    とある偉い人の銅像を頼まれた場合、その彫刻家とその弟子10人くらいが、1年間余裕で暮らせるほどお金をもらえたというのだ。

    要するに、その偉い人に対して中途半端な称え方などではなく、それを建立しようとするまわりの人たちの熱量や気合いも、全く今とは違ったという事であろう。

    さらに言うなら、彫刻家も昔の方が全然少ない訳で、当然、そういった人がつくる銅像の価値というのも、今より高いものであった訳である。


    まあ、今も銅像といえば、高い事は高いが、昔のような高さでは決してない。

    良くも悪くも一般に広まり、普及価格のような感じになってしまったという事であろう。


    最近の事で言えば、誰かを称えるための肖像彫刻というより、個人的にささやかな記念としてつくる事が増えているように思う。

    私の場合は、という話になってしまうが、立体よりもレリーフ(浮き彫り)による肖像彫刻の依頼が多く、しかもサイズも小さめ。(本人だったり、子供や孫だったり、ペットだったりと、依頼は様々。)


    政治的な意図を持って建てられた英雄の銅像は、同じく政治的な意図を持って倒され、破壊されてしまう事も多いのだが、・・・・もしかしたら、個人宅にある小さな肖像レリーフの方が、後世に残りやすいなんて事、・・・あったりするかも?
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    1. 2011/05/25(水) 18:21:02|
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