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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    作品に対する責任。

    麗静レリーフ(部分) 松田光司作「 麗静レリーフ 」 (部分)

    学生を教えていて、楽しい事もあれば、がっかりする事もある。


    楽しい事というのは、以前にもこのブログでふれたような事('10.7.25参照)なのだが、今日はその逆の話。

    大学の方でも専門学校の方でもあった話なのだが、自分のつくった作品に対する責任感の欠如、・・・こういう学生がたまにいるのだ。


    美術系の授業のというのは平面にしても立体にしても、実際に描いたりつくったりしながら進めて行く訳である。

    すると、授業とはいえ、課題をこなすごとに「作品」が出来上がる事になるのだ。

    ・・・で、当然、その出来上がった作品を管理するのは学生自身に責任が生じる訳である。

    まあ責任が生じるといっても、学生に保管場所がなかったりすれば一時的に大学のアトリエなどに置かせてあげたりする事はあるのだが、・・・大学は決して保管倉庫ではない。

    もし、そういった歴代の学生の作品をいつまでも預かり続けたら、大学のアトリエどころか、建物、敷地、全て使っても足りなくなるのは誰でも分かる事である。

    そのため、学生には最初に保管の期限を明言しており、もし持ち帰れない場合は自分で捨てるか壊すなどして処理する事になっているのだ。

    作品を壊すなんて、と思うかもしれないが、自分のつくった作品を自分で壊してしまう痛みを知る事により、創作について深く考える絶好の機会になったりもするのである。

    ・・・ところが、延々と作品をほかりっぱなし、という学生が毎年といっていいほど出てくるのである。

    中々連絡が取れない中、やっと連絡がつくと「適当に捨てといて下さい。」とか「壊してもらっていいですか?」とか、・・・まったく、つくり手としては、あり得ない発言。(というかそういう学生は決してつくり手になる事はないのだが・・・。)

    その作品が気に入らないとか、思い入れがないという事もあったりするかもしれないが、であるならば余計に自分で早急に処理すべきではないか?

    もし、自分のつくった作品に責任を持つ気がないのならば、作品をつくる資格はない、・・・と私は思っている。
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    1. 2011/05/19(木) 20:45:34|
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