FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    大津波から逃れた義姉の詳しい話。

    青梅にて 撮影 松田光司

    3月15日のブログでもふれたが、津波から逃れた義姉の話が詳しく分かってきた。

    詳しい内容を知って驚くとともに義姉の危機管理意識の高さに感心させられた。


    話は以下の通りである。

    地震当日、義姉は仕事で海辺の町を車で走っていた。

    地震が来ると義姉は、当然のように津波が来ると感じ、『 上に! 』と思ったのである。

    向かったのは取引先の4階建てのビルだが、そこに向かうには海沿いの道(片側は海、片側は山)を通るしかなかったというのだ。

    その途中、山が地滑りで崩れるのを何箇所か目撃したそうである。

    津波の被害に目を奪われがちだが、山崩れによる被害も当然あった訳である。

    ビルに着き中に入ると、色々なものが地震で散乱していたが、意外と焦っている様子でもなかったそうなのだ。

    しかし、義姉としてはこの大きな揺れ、・・・どう考えてもものすごい津波が来るという確信があったのだ。

    ビルの上に行くのは津波に対してはいいかもしれないが、地震の揺れに対しては不安があったらしく、とりあえず、駐車場から海の様子を注視していたそうである。

    すると、第一波の波が、海から10メートル以上高さのある道路を乗り越え、駐車場近くまで迫ってきたというのだ。

    これでは危ないと思い、第二波が来る前にビルの裏山を登っていく事にしたのだ。

    当然、裏山に道などまったくなく、草や木をかき分け、後ろから迫ってくる波から必死で逃げたそうである。

    やっとの事で逃げきり、振り返ると、波はビルの3階まで達しており、乗ってきた車はプカプカと浮いていたというのだ。

    とりあえず、そのまましばらく山の上にいたのだが、寒くなってきたので、焚き火をして寒さをしのいだのであった。

    やがて波も引いていったので、駐車場に戻ると、エンジンが掛かる車があったらしく、一晩はその車の中で過ごしたそうである。

    ビルは、大きな余震に対する不安があり、その中で過ごそうとは思わなかったとの事。


    次の日は、食事も水も暖房もある避難所を見つけ、そこで過ごしたのだが、電話が一切つながらず誰とも連絡の取りようがなかったというのだ。

    そこで、さらに次の日の早朝、道なき道を9時間以上かけて歩き、家に帰ったそうである。

    幸い、家は床下浸水だけで済み、家族も無事であったとの事。


    まったく、驚愕である。

    本当に義姉は危ない状況にあったのだ。

    今回の事で分かったのだが、義姉は常日頃から、地震や津波などの災害に対するシミュレーションをしていたと言うのだ。

    そのため、逃げている最中、まったくパニックになる事も無く、常に冷静に判断する事が出来たと言うのだ。

    まったく、本当にすごい!・・・義姉は偶然でも奇跡でもなく、自分の強い意思で助かるべくして助かったのだ。
    スポンサーサイト



    1. 2011/04/18(月) 21:44:06|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<今、制作している作品は、・・・。 | ホーム | 並んでまで、というのは、・・・。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/363-fb8a01dc
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)