FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    方言。

    砧公園にて 撮影 松田光司

    私は愛知県出身なので、いわゆる名古屋弁というものを19歳までしゃべっていた。


    当然、地方出身者の誰もがそうであるように、方言をしゃべっているという意識など全くなかった訳である。

    ところが、上京してすぐに、同じく愛知出身の友達としゃべっていると、近くにいた別な友達が『あなたたち、愛知県出身しょ?すぐ分かるわ。』と指摘されてしまったのだ。

    『何で分かるの?俺ら名古屋弁なんかしゃべっとる?』と思いっきり名古屋弁のイントネーションで聞き返したものである。

    しかし、若いだけあって、新しい環境に慣れるのも早く、大学一年の夏休み、実家に帰る頃にはすっかり標準語に染まり始めていたのだ。

    すると、久しぶりに会う、家族や友達の名古屋弁のきつい事きつい事、・・・こんなに方言ってはっきり分かるものだったんだ、とあらためて気付かされたものである。


    やがて、標準語に耳が慣れるだけでなく、自分が話す言葉もすっかり標準語になっていってしまったのだが、そんな頃の話・・・。

    従兄弟が受験のため三重から東京にやってきたのだ。

    当然、従兄弟は三重弁をしゃべっていた訳である。

    しかし、私がそうであったように本人には方言をしゃべっている意識は全くない。

    ・・・で、『僕も、東京出てきてすぐの頃は、自分が方言丸出しだったって全然気付かなかったよ、・・・。』 と従兄弟に話すと、従兄弟はすぐこう返してきた。

    『そんなことゆうたかて、僕、方言なんかしゃべっとらへんやろ?』

    『・・・・いや、しゃべってないも何も、今の言葉全部、方言なんだけど、・・・。』

    『ええ!そうなん?どこ方言なんか分からへんで。』

    ・・・東京に出てすぐの頃の私が重なった。


    地方出身者が都会に出た場合、いやでも認識させられる自分の方言、・・・ただしその後、方言を話し続けるか、標準語に変わるかは、本人のキャラ次第。

    私はすっかり名古屋弁をしゃべる事も無くなってしまったが、やはり方言はいいものである。
    今でも地元の言葉を聞くとホッと心が安らぐ。

    『故郷』と『方言』というのは切っても切れないものなのである。

    東北出身の人たちも、地元の言葉を聞いた時、心騒ぐ事なく、普通にホッと出来る日が来ることを切に願うものである。
    スポンサーサイト



    1. 2011/04/14(木) 19:14:55|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<方言。(part2) | ホーム | 風評被害。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/359-39c26895
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)