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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    何となく落ち着かない粘土状態。

    10 女性首像(部分) 松田光司作「 '10女性首像 」 (部分)

    このブログでも彫塑作品の制作については色々とふれているが、ちょっと違った観点からの話をひとつ。


    彫塑というのは当然、粘土を使って作品をつくる訳だが、最終段階としては、ブロンズかテラコッタ作品になる訳である。

    実はこの、最初の段階の粘土の時というのは、常にという訳でもないが、何だか不安がつきまとう感じがあるのだ。


    さて、それはどういったもので、何故なのか?


    これに関して、理由ははっきりしている。

    以前にも少しだけふれているが、過去に制作途中の粘土作品を壊されてしまった経験があるのだ。


    いずれも学生の頃の話になるのだが、一回目はアトリエでの整理整頓の最中。
    つくりかけの首像を友達が動かそうとして回転台ごと横倒し、・・・首像は見事にペチャンコに。

    二回目は授業で裸婦像を制作中に、隣で制作していた友達が台から足を踏み外し、私が制作する裸婦像の足の指あたりに転倒、・・・ほぼ出来上がっていた足は見事にペチャンコに。

    これ以外にも、自分の不注意で完成に近づいた作品を部分的に壊してしまった事も何回かあるのだが、・・・とにかく、粘土というのはどんなに作り込んでいたとしても、つぶれるのは一瞬なのである。


    だったら、石膏だって落とせば壊れるではないかと思われるかもしれないが、石膏の場合、破片をくっ付けて修正すれば、元の形の復元が出来る訳である。

    それに対し、粘土の場合は、復元という概念ではなく、全く新しくつくりなおす、という事になるのだ。

    確かに、普通なら経験出来ない事が経験出来た訳だから、それはそれで良いし、充分その状態を楽しむ事も出来るのだが、かといって精神的負担とショックがまったくゼロという訳ではない。

    やはり、あらたに気合を入れなおし、気持ちの切り替えをする必要はあるのだ。


    ・・・とまあ、こんな経験もあったりして、粘土の制作中というのは、ちょっとした不注意で・・・ペチャンコに・・・というスリル(?)も感じつつ、何となく落ち着かない粘土状態から石膏になるとちょっとホッとしてしまう自分がいたりするのだ。

    いつもこんな事を思っている訳でもないが、・・ふと、・・あのペチャンコになった首像とつぶされた足が鮮明な画像として甦る事も、  ・・・いまだにあったりする。
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    1. 2011/03/10(木) 09:38:47|
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