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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    見守り、育てる。

    称名寺の池 撮影 松田光司

    今の世の中を見ていると、物事に対し「 見守り育てる。 」という意識が気薄になってきているような気がする。


    例えば政治、・・・確かに頼りないし、何をやっているんだ、とも思う。

    しかし、叩き過ぎ。

    これは今の政権に限らず、前政権の時代からすでに延々とそうなのである。

    確かに、不安で大丈夫か?という思いもあるが、国のトップが代わったり、政権与党が代わったりしたら、しばらく軌道に乗るまでは、周りも何とか支えてあげようとするのが当然ではないのか?
    (軌道に乗るまでというのは数ヶ月ではなく数年だと考えている。)

    構築していく地味な作業は映像的にもニュース的にも面白くは見えないのかもしれないが、そちらはそちらで陰日なたの中、着実に一歩一歩進めている人たちもいる訳である。

    多分、成果もゆっくりとしか現れず、見えづらいというのも分かるが、はっきり言ってマスコミは混乱や変化の方ばかりに目を向けすぎである。


    結局、どの世界でも似たような事が起きているのではないかと思うのだが、要するに、何でもかんでも結果を早急に求めすぎているように思えてならないのだ。

    当然、それぞれの世界においては、早急に結果が出た方がいい世界がある事も確かなのだが、間違いなく全てがそうではない。

    今は百年がかりの計画などと言おうものなら、「百年で税金いくら使うと思ってんだ」とか「そんな先の事より今を何とかしろ」とか言われてしまうし、真剣に議論しようとしてもちゃかされ、笑われてしまうような価値観がはびこっているが、昔から「国家百年の計」という言葉もあるではないか。

    何に対しても、もう少し長い目で物事を見る習慣を身に付ける事が出来ればと、切に願うものであるが、・・・行き着くところは、やはり「教育」という事になるのであろうか。

    ただ、その肝心の教育現場こそまさに「 早急にすべての答えを出せ 」と言われ続けている世界のように見えてしまう。


    「早急に・・・。」というのは、全ての価値観のトップに君臨するようなものではなく、数多くある考え方の内の一つに過ぎないはずであるのだが、・・・

    ・・・頭では分かっていても、早急に結果を求められる日常は今日も続いてしまう。
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    1. 2011/03/09(水) 10:21:56|
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