FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    多すぎる情報は・・・。

    雨の車窓 撮影 松田光司

    何度か「情報」という事についてはふれているが、また少し語ってみたい。


    数ヶ月前の話である。

    夕方から降り始めた雨もやみ始めた頃、あたりはしっとりと濡れた夜の町並みの風景となっていた。

    そんな時間帯に妻から、「駅に着いたので迎えに来てほしい」と連絡が入ったのである。

    妻もわざわざ車を出してもらうのも申し訳ないと思ったのであろう、「家の方に向かって少しでも歩くから、途中でひろってね。」との事であった。

    早速、車で駅の方向に向かったのであるが、住宅街を抜ける道はそれほど明るくもないため、妻を見逃してはなるまいとスピードも抑え、目を凝らしながらの運転であった。

    ・・・が、結局、こちらに向かって歩いてくる妻をまったく発見出来ずに、とうとう駅まで着いてしまったのである。

    『あれぇ!見逃してしまったか。どこですれ違ったんだろう?』・・・と不思議に思った訳である。

    仕方なく今度は自宅の方向に向かいUターンした訳だが、何と妻がいた場所は、
    ・・・・スーパーやお店が数件並び、煌々と明かりが照らされた分かりやすい場所だったのである。


    当然、妻は車に乗り込むなり、少しムッとしながら、
    「あんなに一生懸命手を振ったのに何で気付いてくれなかったの!」


    一瞬、私も『何でだ?』と思ったのだが、すぐに『そうか、そういう事か!』 と妻を見逃してしまった理由に気付く。


    路面も濡れた暗めの住宅街を抜けた後の、明るい店の並びは、車を運転する私にとってあまりにも情報量が多くなりすぎた状態になってしまったのである。

    つまり、明るいというだけでなく、店周辺のため人も多く、自転車や車も増え、雑然とした情景が目の前にいきなり広がった訳である。

    一瞬に自分が判断し見分けなければいけない情報が一気に増えすぎたため、人ごみの中、手を振る妻の姿も数多くある情報のうちの一つになってしまったのである。

    明るくて分かりやすい場所という妻の配慮であったはずなのだが、かえってその場所の情報量の多さに埋もれてしまうという皮肉な結果になってしまった訳である。

    少なすぎる情報も困るものだが、かといって情報も多ければいいというものでもない、・・・とつくづく実感した瞬間でもあったのだ。


    こうして考えてみると今の世の中、あまりにも多くの情報が溢れているため、かえってどうでもいい情報ばかりに気を取られ、一番大事な情報を見逃している事がいっぱいあるのではないか?と思ってしまう。

    かといって情報も今後、減っていくとはとても思えない訳で、やはり重要なのは受け取る側の冷静な判断力とイメージする力、・・・この二つが重要になってくるのだと思う。


    ちなみに、その後、・・・『待ち合わせはやっぱり駅のロータリーで、』・・・と決めたため「 冷静な判断力とイメージする力 」を駆使しなくても、簡単に妻を見つける事が出来るようになったのであった。(って、当たり前か。)
    スポンサーサイト



    1. 2011/03/04(金) 09:25:01|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<気付けば、ブロンズ作家に。 | ホーム | 美術大学の試験。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/318-af699063
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)