FC2ブログ

    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    美術大学の試験。

    焼成前の「精霊卵ー久」 松田光司作「 精霊卵―久 」 焼成前で粘土を乾燥させている状態。

    もう25年以上前の話になってしまうので、正直今現在、美大でどんな試験が行われているのか知らないし、特に興味も無いのだが・・・。


    ただ、ここ数日、世間を騒がせた携帯を使ったカンニングのニュースを見ながら、ふと、思ったのである。

    ・・・考えてみれば、美大の試験って、隣の人どころか同じ部屋の人全員の描いているデッサン見放題なんだよなぁ、・・・と。


    まあそんな訳で、ちょっと当時の事を思い出しながら芸大受験の事について少し書いてみたい。


    私の時、彫刻科は15倍ほどの倍率だったため、およそ300人ほどの受験生がいた事になる。
    簡単に試験の説明をされた後、各部屋に振り分けられ、極限の緊張の中、実技一次試験のデッサンは始まる訳である。

    いざ始まると、実際には他人のデッサンを見ている暇もなく、自分のデッサンを描く事だけに必死になっている訳だが、やはり両隣の人や自分の前に座って描いている人たちのデッサンは、いやでも目に入ってくる訳である。

    現役の時はともかく、浪人すると、だいたいそのデッサンを見ればどの程度のレベルかは分かったりする訳である。

    無茶苦茶上手いのがいて焦ってみたり、全然描けない人を見て安心してみたり、・・・あとはそれぞれのデッサンを描くスピードもずっと見る事が出来る訳である。

    周りのペースを気にしないようにとは思うのだが、・・・やはり早い段階でデッサンを仕上げていく人を見ると焦りも出てきてしまうものなのである。

    あと気になると言えば、多浪生の存在。・・・あなた一体何歳なんだい?というようなおっさんが混じっていたりするのだ。(実際5浪以上はざらにいた。)

    そういう人はそれこそ百戦錬磨と言う雰囲気で、何だか試験会場に入った瞬間にその部屋の主みたいな風格を醸し出したりして他の受験生を圧倒するのである。(当然、デッサンも上手い。)


    2日間に渡る実技一次試験のデッサンが通ると、次の二次試験でまた別なデッサンと塑像の試験が待ち構える訳である。

    当然人数はガクッと減り、緊張感はより増していく感じになる訳である。

    試験会場でも正確な人数は忘れたが、各部屋、受験生5~6名くらいしかいなかったのではないか。

    当然、他の人の作品も一次試験の時よりもっと見放題になる訳である。


    さて、ここで最初の話に戻るが、見放題といっても結局、周りの上手い人のデッサンや塑像を見ても何の参考にもならないのである。

    当然の事だが、その場でまね出来るようなものでもなく、かえって周りを見すぎてしまった方が、自分のペースを乱され、いい作品が出来ないものなのだ。

    ある意味、周りの受験生の答案を見放題の試験ではあるのだが、結局自分自身の解答を出し切った人が勝ちなのである。


    まあ今の美大受験はどうなのかは知らないが、当時の私からすると美大受験にカンニングと言う概念が無かった、・・・というか、意味がなかったというか、・・・。


    例えば、これを人生に置き換えて考えてみると、それぞれがそれぞれの人生についての解答を模索している訳で、他人の解答をカンニングしても意味がない訳である。

    どんなにカンニングして同じような解答を得たとしても、結局、その人はその人なりの人生しか歩めないものなのであろう、・・・と私は思うのだが・・。
    スポンサーサイト



    1. 2011/03/03(木) 10:54:02|
    2. 日常
    3. | トラックバック:0
    4. | コメント:0
    <<多すぎる情報は・・・。 | ホーム | 背中。>>

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    トラックバック URL
    http://mitsuji415.blog28.fc2.com/tb.php/317-68b95051
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)