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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    つくる事とこわす事。

    新芽 撮影 松田光司

    つくる事とこわす事、どちらが大変か?


    まあ、その対象となるものや、その時の状況により答えも変わってくるし、人によっても答えは違うと思うが、とりあえず、私の考えを語ってみたい。


    まず、ものすごく単純な話、労力のことだけで言えば、壊すほうが簡単で短時間で済むものであると考える。

    これは、ほぼどんな事でも当てはまるのではないかと思っている。

    ただし、事はそう簡単に運ぶものではない。

    壊すのは確かに簡単なのだが、要するに壊す事に決定してしまうその過程の方にものすごく時間とパワーが割かれるのである。

    もうすでに出来上がっているものに対し、そう簡単に壊そうと思うものではないのだ。

    よほどそれに対する、不満足や憤り、あるいは嫌悪感、怒り等々、鬱積しなしれば、壊すという行動までは発展しないものなのである。

    しかし、それが堰を切ってしまえば、壊されるのは一瞬である。


    さて、問題はその後である。

    壊すのは一瞬だが、構築するのは一瞬ではない。

    しかも大抵、壊す場合というのは、まず何よりも壊すことだけが目的となってしまい、その後の事をほぼ考えてはいない。

    「現状を打破するため、改革だ!チェンジだ!」などと耳障りのいい事を言って壊したとしても、その直後すぐに、理想どおりの形、理想どおりの社会になったなどという事はまず聞かない話なのである。

    壊した後すぐというのは、とりあえず何も構築されていない訳で、一旦前より大変な状況が続くのは当たり前の話なのである。

    自分たちが望んで壊しておきながら、すぐに理想どおりにならない事を何か他のせいにしようというのは筋違いな話なのである。

    未来に対し、壊した責任を取るのは壊した側であり、壊された側ではない。

    壊した側はその後、時間と労力をかけて再構築していく責任と義務が当然生じる訳なのである。


    さて、では結局、『つくる事とこわす事、どちらが大変なの?』という事なのだが、・・・

    私の答えとしてはやはりつくる事の方が大変だと思っている。

    破壊する力は一瞬の力だけで済むのだが、生み育てていく創造、構築というのは長時間パワーを出し続けないと、形を現わしてくれるものではないのだ。

    すぐには形を現してくれない創造の世界、・・・一瞬で壊した時のようなスカッとしたインパクトがないからと言って、創造していくことに対し、性急に答えを求めるのだけはよしてもらいたいものである。
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    1. 2011/02/21(月) 11:16:34|
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