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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    高層ビル。

    六本木にて 撮影 松田光司

    少し前の話であるが、親しくしているドクターに誘われ、東京のとある高層ビルの51階のレストランで食事をした。


    一面ガラス張りで、晴れわたる空の下広がる景色も美しく、見応えは充分であった。

    眼下に見えるのは、左前方に東京タワー、正面にはレインボーブリッジのかかる東京湾、右奥にかすんで見えるのは横浜ランドマークタワーであった。

    人工的なものばかりだが、自然の中から感じ取れるパワーとは全く違ったパワーを感じ取ることが出来た。

    目の前に見えている景色は、空と海以外、すべて人がつくったものかと思うと、やはりすごい、・・・圧倒される。

    人は良くも悪くも、何かをつくりたがる動物であるのだと、再認識する。

    これは何も大都会東京に限ったことではない。
    それこそ一見のどかな農村地帯であったとしても、目に映る景色はほとんどが人の手によるものなのだ。

    田んぼ、畑、道、用水路、植林された山、お寺、神社など、・・・すべて見事に風景にとけ込んでいるが、すべて人の手によりつくられたものなのである。

    やはり、人が生きるという事は何かをつくり、何かを残す事なのだろうと思う。

    人によって、後々の人たちに何を残すのか、何を残したいのかは全く違うのだが、多分ほとんどの人は自分の生きた証のようなものを求めるのではないか。


    結局、私の仕事などはまさにそれであるのだ。

    誰かのために肖像彫刻をつくる行為というのは、その人が生きた証を残す手伝いをしている訳である。

    当然それだけではなく、自分自身としても自分の作品をやはり後世に残そうとしている訳である。

    しかし、自分が生きた証の事をあらためて考えると、残したいのは自分の名前ではなく、やはり彫刻なのだと気付かされる。

    『この彫刻、誰が作ったのか分からないけど、なんかいいね。』

    ・・・と、1000年後、2000年後の人に言われてみたい気もする。


    などと、とりとめもない事を考えている内に、いつの間にか外は息を呑むような美しい夜景に、・・・。

    ・・・そのきらめく景色はいっそうパワーを増したように見えたのだが、そこには名も知られる事のない数え切れないほど多くの人たちの生きた証が輝いているのだと感じた。
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    1. 2011/02/19(土) 22:00:42|
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