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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    相手の気持ち。

    二本の木(合成) 撮影 松田光司

    もう10年近く前の話である。


    混みあう電車の中で、近くにいた若い女性同士が自分の夫の事について愚痴をこぼしていた。
    全く聞く気はなかったのだが、大きな声でしゃべっているので、いやでも耳に入って来てしまった。

    簡単に言うとこんな内容。

    「私は夫の事をすごく考えてあげていて、ものすごく理解してあげているのに、夫は全く私の事を理解してくれない。何で分かってくれないのかしら。」

    まあ、こんな感じ。

    さて、もう気づいた方もいると思うが、この言葉の中には矛盾が潜む。

    「・・ものすごく理解している・・」というのが真実であるならば、『夫が何故、自分の事を分かってくれないかも、理解している』・・・・はずである。

    しかし「何で分かってくれないのかしら。」と言ってしまった時点で、実は自分も夫の事を理解していないと白状しているようなものなのだ。

    何となく推測がつくが、きっと夫の方の話を聞いても、この女性と似たような事をいうのではないか?

    「僕は妻の事を、ものすごく分かってあげているのに、妻は僕の事を理解してくれない。」・・・と。


    要するに、相手の事を考えている事に間違いはないのだが、その考えてあげている部分がお互いまだ噛み合っていないという事なのであろう。

    それぞれに別な人生を歩んできた人同士が一緒に暮らして、すぐに何でも上手くいくと考える方が不自然なのである。

    結局はコミュニケーションなのだと思う。

    分からないから、理解されないから遠ざけるのではなく、少しでも多くコミュニケーションを取ることで、一つでも二つでも接点を増やしていく事が重要なのであろうと思う。

    若い頃というのは、結局自分だけが一方的に望んでいる接点であるにもかかわらず、それを相手も望んでいると思い込み、無意識に強要してしまうため、上記のようなセリフが出てくる事もあるのであろう。

    もともと接点がゼロならば、結婚もしない訳で、やはり探っていくと自分が考えもしなかった色々な接点というのは発見出来る訳である。
    接点という単なる「点」も、それが集まれば安定感のある面に変わっていくのである。

    まあ、こんな偉そうな事を言っていても、今現在、妻とのケンカがゼロになっている訳でもないが、結婚した当初より、お互い理解が深まっている事だけは確かである。

    やっぱりコミュニケーションは重要だ。
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    1. 2011/02/01(火) 11:12:02|
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