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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    図画工作の時間。

    本物のリンゴと紙粘土のリンゴ 撮影 松田光司古い写真で分からりづらいが、左三つが本物のリンゴ、一番右が私が紙粘土で作ったもの。(確か高校3年の頃だと思う。)

    以前にもふれているが、私は図画工作の時間が大好きであった。(当然、中学での美術の時間も技術家庭の時間も大好きであった。)


    絵を描くのも立体物を作るのも、どちらも得意で、その授業がある日はそれだけで嬉しかったものである。

    で、その日にやる事の説明が終わる頃には、すでにいくつものアイデアが浮かんでいて、「では始めて下さい。」と言われた時にはもう手を動かしているような少年であったのだ。

    今思い返してみても、何もアイデアが浮かばないとか、描いたり作ったりしていてつらいなどと思った事は一度もなかったものである。

    いくつもの思い出深い作品があるのだが、夏休みの工作も含め、特に心に残っているものを紹介したい。

    小学生の時でいえば、何と言っても当時住んでいた家の模型制作。
    これは6年生の夏休みに制作したものであった。
     
    段ボールとベニヤ板、細い木材などを駆使し、かなり精巧に作ったのである。
    部屋には豆電球まで仕込み、外の物置小屋にスイッチを配したりしたのだ。

    先生や友達にも驚かれ、随分長い間、廊下に展示されていたものである。

    小学生でもう一つあげるならば、モグラたたきゲーム。

    これは6匹のモグラが穴から出たり入ったりするように作ったのだが、実はそんな本体よりもみんなに驚かれる物を作ったのである。
    それは、カウンター装置のついたハンマー。

    この仕組みを文章で説明するのは難しくて出来ないが、ちゃんと1匹たたくごとに1つカウントが上がっていくように作ったのである。(10までカウントする事が出来るものであった。)

    今考えても、小学生でこんな仕組みを考えて、なおかつ段ボールや割り箸などの材料だけでよく作ったものだなぁと我ながら感心するものである。


    中学で印象に残るのが、技術家庭で作った動くおもちゃ。

    骨だけになった魚のような形で、頭部分と尾びれ部分に車輪を仕込んだものであった。

    これを手で動かすと実に5か所「目、口、胸びれ、骨、尾びれ」がコミカルに動くように作ったのだ。

    これを動かして見せた時の技術家庭の先生の嬉しそうな顔は今でも忘れられない。


    残念ながら、高校では前にもふれたとおり、美術の授業はなかったのだが、決して何もやらなかった訳ではない。
    体育祭のクラス旗のデザインを担当したり、自宅で絵を描いたり、適当な工作物などを作ったりしていたのである。


    まあ、こんな図画工作歴を経てきている訳だが、彫刻家になった今もなお、何かを工作しようとする時は昔と変わらずワクワクしながら作業を進める私がいたりする、・・・多分、これからもずっと変わらないだろうなぁ、・・私の場合。
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    1. 2011/01/26(水) 22:54:04|
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