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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    学生の頃のアルバイト。

    奏明(部分) 松田光司作「 奏明 」 (部分) ギャラリーシエール個展にて発表予定。

    このブログで、彫刻家の手伝い家の手伝いのバイトをした話は何回かしたが、今日はそれ以外のバイトの話。

    その渦中にいる時は全く意識していなかったのだが、私が大学生の頃はいわゆるバブルと呼ばれている時代であった。
    で、私は学生だし、バブルの恩恵など全く受けていないと思い込んでいたのだが、実はそうでもなかったのだと、後から気付く事になる。

    その頃の私は、彫刻制作を優先させるため、定期的に入らなければいけないバイトは基本的にやらないようにしていたのだが、単発のバイトに限り、時間が空いていれば受けるようにしていた。

    芸大の寮に住んでいた事もあり、バイトの声がかけられるのはしょっちゅうある事であった。
    当時はそれが当たり前のように思っていたが、今考えるとやはり色々と種類も量も豊富であったし、何よりバイト代も高かった。

    今の学生のバイト事情はよく知らないが、20数年前で1日も働かないくらいで1万円というのは随分いいのではないか?

    ちょっと思い出せる限り書き出してみよう。

    ・イベント会場の設営
    ・銀行のウインドウの透明シールの貼り替え
    ・テレビドラマのロケ用にバイクを貸すという仕事
    ・池袋パルコ閉店後、深夜にウインドウなどの展示替えの作業
    ・東京都美術館の搬入搬出専門業者の補助
    ・美術予備校でのデッサンデモンストレーション
    ・チケット入手のために並ぶ仕事。
    ・ホテルの厨房で皿洗い
    ・証券会社で株券を延々と数え続ける仕事
    ・美術の家庭教師
    ・大学受験の試験監督
    ・舞台の裏方

    いや、結構出てくるので自分でも驚いてしまったが、多分思い出せないだけで、他にももっとあったはずである。
    今にして思うと、どのバイト先も何だか活気があって、やっぱりバブルだったんだなとあらためて感じるものである。

    これ以外に彫刻家の手伝い、家の手伝い、先輩方の手伝いなどもしつつ、大学では朝6時から自分の制作をしていたのかと思うと、・・・結構すごいなぁ、よく体が持ったよなぁ・・・やっぱり若さか?

    まあでも短い間に、これだけ色々な仕事の経験が出来たのだから、バブルというのもありがたかったのかもしれない・・・と思っておこう。
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    1. 2011/01/05(水) 20:13:32|
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