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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    具象彫刻をつくっている訳。

    妖精卵 空―地 (部分) 松田光司作「 妖精卵 空―地 」(部分)

    なぜ私は具象彫刻家となったのか?


    まあ単純にこれは一番自分に合った表現方法だから・・・と言ってしまえば終わってしまうので、もう少し詳しく話したいと思う。

    まず時代背景から言えば、私の学生の頃は明らかに現代アートが主流で彫刻科の学生も7~8割の人がその流れにのり抽象彫刻を作っていた。また一部の人は形よりもコンセプトの方が大事、というコンセプチュアルアートをやっていた。

    私よりだいぶ上の世代の人たちからすると、永く続きすぎたアカデミックなものに対する反発で、反主流としての現代アートに走っていったという経緯があるのだが、私の世代になると状況は全く違っていた。

    私のようなアカデミックな具象彫刻をやる事の方が反主流となっていたのである。

    その結果私の意識としては、「みんながやっているから何の疑問もなくそっちに行くの?」と思えるような現代アートにものすごく反発を感じた訳である。

    ある学生は「自分は絶対、具象彫刻ではデビューしたくない。」と言っていたが、その時私は「絶対、現代アートではデビューしたくない。」と思ったものである。

    何世紀と続いてやりつくされてしまった具象彫刻、という見方もされるが、100年も前から始まり、もうすでにやりつくされてしまっている現代アート、という見方も出来る。

    後々にはその反発も私にとってどうでもいい事になっていくのであるが、結局私としては、とにかく人に大事な何かを伝える術として、一番明快に説得力を持って伝える事の出来る方法が具象彫刻を作る事であったという事なのである。

    だから前にも書いたがそれぞれが、それぞれにあった表現方法をやってくれればいい訳で、他の方法論を否定しようとは思わない。
    しかし、ひとつだけ言っておきたい事は「現代アートをやっている方が新しく意識が上で、アカデミック芸術をやっている方が古くて意識が低い」などと訳のわからない、レベルの低い発言だけはよしてもらいたいという事。

    表現したいものがあり、それをプロである芸術家が創造しようとする時、それぞれの方法論に上も下もない。重要なのは方法ではなく、その表現された内容である。
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    1. 2010/04/25(日) 15:39:16|
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