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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    ひとつの作品を色々な大きさで。

    大きさの違う「如心」 松田光司作

    小さな作品」や「大きな作品」をつくる時の意識についてはこのブログでも書いたが、ひとつの作品から数種類の大きさの作品をつくる事については書いていなかったので少しふれておきたい。


    これは制作上、必要でつくる場合もあるし、依頼されてつくる事もある。あと、ただつくりたくなって、つくる事もある。

    一つの作品を色々な大きさでつくるというのは、あらためて考えてみると、やはり始まりは必要だからつくっていたという事になる。
    それはさかのぼると、学生時代までたどり着く。

    例えば石の作品を彫る時に、デッサンを描いただけでは分かりづらく、制作しづらい事があるのだ。
    そんな時、「エスキース」と呼ばれる小さな作品をつくっておくのである。
    簡単に言ってしまうと、石を彫っていくための見本である。

    これは作家によっても考え方が色々で、簡単に形を省略してつくる人もいるし、つくり込む人もいる。
    (当然だが、エスキースなんてつくらないという人もいる。)

    私の場合、エスキースとはいえ、かなり細かい所までつくり込み、エスキースそのものが作品として成り立つくらいまで完成度をあげてつくっていたのである。

    石の作品の完成形を、すでにエスキースの中にみていたのである。


    さて、私の場合こういった事がきっかけで、同じ作品を大小つくったりするという事をやるようになったのだが、当然これが嫌だという作家もいる訳である。

    『一度つくって自分の中では終わってしまった作品を、大きさが違うとはいえ、もう一度つくる気にはならない。』

    こう考える作家がいる事も自然な事であろう。・・・だが、私の場合はこうは思わなかったのである。

    今まで、小さい作品を大きくつくり直す事もあれば、大きい作品を小さくつくり直す事もあったのだが、基本的には楽しくて仕方なかったのである。

    その大きさにつくり直して、初めて分かる事もいっぱいあったし、実際、作品としての見え方も全く変わったりするのだ。
    予想の範囲内の事もあるが、予想以上の効果に驚かされる事も何度もあったりしたのだ。

    基本的に、作品の大きさというのは、展示空間などの事を考え、その作品が最も良く見えるであろう大きさでつくる訳である。

    しかしその時、常に考えている事は、小さくつくった作品であれば、これを大きくつくるとどうなるのだろう、とイメージしているし、逆に大きな作品の場合は、小さくつくるとどうなるのだろう、とイメージしている訳である。

    私にとって、大きさを変えてつくり直すという行為は、単なる焼き直しの作業ではない何かを得るための、重要な機会であると考えるものである。
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    1. 2010/11/30(火) 09:00:00|
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