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    彫刻家 松田光司のひとりごと―思いつくまま―

    彫刻の制作をしながら日々思いつくことを書きとめる。

    みる側の事を考える?

    由比ヶ浜 撮影 松田光司

    美術館の学芸員をやっている友達と話している時、こう質問された。
    「松田君はみる側の事を考えた作品をつくらないの?」


    私はこの質問に対し、即答したというより一瞬考え込んでしまった。
    正直、友達とはいえ、相手が学芸員という事もあったかもしれない。

    どんな感じに答えたのか詳しい内容は忘れたが、簡単にまとめてしまうと、次のように私は答えた訳である。

    「うーん、つりたい物をつくっているだけだしなぁ、基本的には見る側の事は考えない・・・というか気にしないようにしているかなぁ。」

    まあこんな感じの事を言った訳である。

    しかし、こう答えてみたものの、この言葉通りでもない所もあるように思っている。
    それは例えてみるならば、こう言う事である。

    「この地球上に住んで、普通に呼吸しているにもかかわらず、自分は空気を吸っているという事を考えていないし、気にしていない。」

    何かこの感覚に近いような気がするのだ。

    急な質問で戸惑ってしまったが、冷静に考えてみれば作品などというのは元々、人がみる事を大前提として世に発表している訳で、当たり前の事だが、みる側の事を考えていない訳がないのである。

    さらに、よく考えてみれば、つくり手というのも結局は鑑賞者であるのだ。
    鑑賞者でもあるつくり手が、自分の作品だけに限り、鑑賞者の視点でみる事は出来ないという事も考えられない話なのである。


    であるのに、その時私は「みる側の事は考えていない。」と答えてしまった訳である。・・・さて、どういう事なのか?

    ここで私はこう考える。

    『 みる側の事は、自分の無意識下では多分、ものすごく嫌というほど、意識しすぎるくらい意識しているであろうと思われる。
    ・・・であるならば、せめて表面に現れている意識においてだけでも、みる側の事は考えないようにしないと、多分それこそ媚を売ったような作品が出てきてしまうのではないか。

    結局、みる側の事を考えすぎてしまうという事は、本当に自分がつくりたいと思っているものもつくれなくなってしまう・・・という事にもつながってしまうかもしれないのである。 』

    ・・・といったところであろうか。


    学芸員のTさん、あの時はここまで答える事は出来なかったけど、今現在の考えはこんな感じ・・・かな。
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    1. 2010/11/22(月) 11:41:01|
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